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第3話

「これで、本日の業務を終わります。皆さん、お疲れさまでした」

『お疲れさまでした』



 午後五時、いつものように今日も仕事が終わった。士狼君も同僚や上司達に声をかけられながらしっかりと教わってくれたため、私はいつもよりは疲れがない状態で仕事を終わらせる事が出来ていて、結構ホッとしていた。



「よし、それじゃあ帰ろうかな。あ、そうだ……せっかくだし、士狼君も誘おうか。久しぶりに一緒にご飯でも食べたいし」



 士狼君の席に目を向けると、そこには既に矢嶋さんの姿があった。よほど士狼君を気に入っていて何としてでもゲットしたいのかその鼻息は荒く、士狼君はまた困った顔をしていた。



「ねえねえ、月島くーん? せっかくだから、どこか寄って帰らなーい?」

「あ、その……まだ引っ越してきたばかりなので、荷解きが終わってなくて……」

「それなら私が手伝うよ。ね、いいでしょぉ?」

「えっと、その……」



 矢嶋さんのアタックに士狼君もタジタジだ。どうにかしようとはしているけれど、言葉を挟む間もなく矢嶋さんが誘いの言葉をかけてくるので何も言えずにいるようだった。



「うーん……これはまた助けてあげた方がいいかな」



 仕方ないと思いながら近付いた後、私は士狼君に声をかけた。



「月島君、今日の仕事の件でちょっと聞きたい事があるけど、いいかな?」

「あ……はい、わかりました」



 助かったと言いたげな嬉しそう顔をしながら近付いてくる士狼君に対して矢嶋さんはまるで私を殺そうとでもしてるかのようなスゴい目で睨んでくる。そこまでの事か。そんな事を考えている内に矢嶋さんは怒った顔のままで帰っていき、それを見た士狼君は本当に安心した様子で大きくため息をつく。



「はあー……」

「士狼くん、大丈夫?」

「はい、なんとか。ありがとうございます、陽乃さん。あの人の強引さに結構困ってたので助かりました」

「矢嶋さんはカッコいい人を見つけたらグイグイ行く人だから。けど、士狼君はその中でもさらにお気に入りに認定されたのかもしれないね」

「僕としては勘弁してほしいですけどね……それで、仕事の件で聞きたいことっていうのはなんですか?」



 不思議そうにしながらも少しだけ不安そうにする士狼君の姿にクスリと笑ってから私は首を横に振った。



「それは矢嶋さんから離れさせるための口実。まあ初日はどうだったかなとは思うけど、私から見ればしっかりとやっていたから文句無しだよ」

「そうですか、よかった……」

「引っ越しの荷物の荷解きがまだ終わってないんでしょ? 早く帰ってやった方がいいよ」



 手伝いたいなという気持ちはありながらもあまり関わりすぎても士狼君が私にベッタリになってしまってよくないという気持ちもあったので、私は残念に思いながらも士狼君を帰らせるためにそう言う。けれど、士狼君は首を横に振ると、カバンを持ってから真剣な顔で私の目をしっかりと見つめてきた。



「いえ、陽乃さんを家まで送ってから帰ります」

「私を? いいよ、私の事なんて気にしなくて」

「そういうわけにはいかないです。今日だけでも二回も助けてもらったんですから、それぐらいはさせてほしいです」

「うーん……」

「お願いします、陽乃さん」



 士狼君の目は真剣だ。そこには一切のやましさはなく、ただ純粋に私の事を考えているのがハッキリとわかった。そこが士狼君らしいとは思うし、そういう風な事を言えるようになった辺りはしっかりと成長したんだなと感じた。



「……わかった。それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」

「ほんとですか!?」



 士狼君は顔をパアッと輝かせながら嬉しそうに言う。その姿を見て、ピンと立った耳とふさふさの尻尾が見えた気がして、私はまたクスクス笑ってしまったし、他のみんなもどこか微笑ましそうな顔で士狼君を見ていた。



「やっぱり士狼君は狼というよりはまだまだ子犬かな」

「え?」

「なんでもないよ。ほら、いこ」

「はい!」



 士狼君が嬉しそうに答えた後、私達はカバンを持ってからオフィスを出た。外に出てから歩き始めると、士狼君は隣を歩く私に話しかけてきた。



「陽乃さんはどんなところに住んでいるんですか?」

「ちょっと綺麗めのアパートだよ。流石にこっちに来たての頃はもっと安いところに住んでたけど、余裕も出来てきたから少し前に今のところへ引っ越したの。士狼君は?」

「僕もアパートです。両親がこっちに引っ越すならここがいいと言っていたところがあって、特に悪いところでもなさそうだったのでそこに決めたんです」

「そうなんだ。でも、おじさん達が勧めてくるなんて、士狼君が住んでるアパートはきっと住みやすいところなんだね」

「たしかに雰囲気もいいですし、近くにコンビニやスーパーもあるので結構重宝しそうです」

「士狼君のところもなんだ。ウチもそうだよ」



 士狼君と話をしていると、まるで昔に戻ったかのような感覚になり、私は懐かしさを感じると同時に嬉しさも感じていた。そうして歩くこと数分、そろそろウチの近くまで来ようとしていた時、士狼君は不思議そうな顔をし始めた。



「ん、あれ……?」

「士狼君、どうかした?」

「あ、いえ。僕が住んでいるアパートもこの近くなので……」

「そうなんだね。でも、ウチの近くに他のアパートなんかあったかな……」



 他のアパートの場所を考えながらもどこか嫌な予感がしていた。そしてまた数分が経った頃、私が住んでいるアパートに着くと、士狼君は心から驚いた顔をした。



「ここ……僕が住んでいるアパートですよ……」

「やっぱり……」



 私はため息をついた。私は両親に引っ越した事や住所を知らせていたし、両親は士狼君のご両親とも未だに連絡を取り合う程の仲だ。だからこそ、私が住んでいるところを知っていた士狼君のご両親は士狼君を驚かせるためにこのアパートを勧め、私と士狼君に黙って引っ越させたのだろう。



「ほんとあの人達は……」

「因みになんですけど、陽乃さんは何号室ですか?」

「203だよ」

「僕、202です」

「部屋まで隣同士なんだね」



 それも両親達の作戦なのだろう。たしかに家が隣同士だった士狼君が今も隣に住んでいるというのは嬉しいし、何かあった時に知り合いが近くにいるというのは助かる場面もある。けれど、それも両親達の考えとなると少しだけムカッとしてしまう。



「とりあえず後で母さん達には電話をするとして、隣の部屋ってなると荷解きも手伝おうかな」

「え、そこまでやってもらうわけには……」

「いいのいいの。一人よりも二人の方が早く終わるでしょ。その後は一緒にご飯でも食べようか。こうして再会出来たわけだし、色々な事を話したいからね」

「陽乃さん……」



 士狼君は私を見つめた後、嬉しそうに笑いながら頷いた。



「そうですね。僕も陽乃さんと一緒にご飯を食べたり話したりしたいです」

「決まりだね。それじゃあ私は荷物を置いたり軽く着替えたりしてくるから、士狼君も着替えてから片付けを始めようか」

「わかりました。あ、そうだ……」

「ん、どうかした?」



 士狼君は真剣な顔をしながら私を見つめてきた。その顔は本当にかっこよく、思わず見惚れてしまうところだった。



「これからもお隣さんとしてよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」



 二人で揃って頭を下げあった後、私達はひとまず分かれ、それぞれ部屋へと帰った。



「士狼君がお隣、か。なんだか楽しくなりそう」



 楽しみが増えた喜びを感じながら私はお手伝いをしに行くために着替えを始めた。

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