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第3話 欺瞞と狂気

 島の港に見えるのは、おそらく依頼者の小鳥遊たかなしだろう。舟が徐々に岸に近づく。


「あなたが小鳥遊さんですか?」


 桟橋に乗り移りながら尋ねる。


「ええ、そうです。ここ、ボロいですから気をつけてください」


 小鳥遊の言う通り、桟橋は波と潮風のせいか金属製の手すりが腐食している。


「ちょっと待った! 小鳥遊だと!?」


 漁師の大声が静寂を切り裂く。


「あんた正気か? 小鳥遊一族には気をつけろと言っただろ!」


「落ち着いてください。俺は彼の幼馴染が死ぬのを阻止しに来たんです。死者を出さないように依頼をしてきたのが小鳥遊なんです」


「あんた、それだけが理由で島に来たのか? 見ず知らずの人を助けに? お人よし過ぎるな」


 因習を止めたい理由は他にもある。しかし、漁師に言っても無駄だろう。


「分かった、好きにしてくれ。ただ、あんたの死体が『舟流し』されても知らんぞ。わしは忠告したからな!」


 そう言い残すと漁師は桟橋から離れていく。


「そうだ、言い忘れていた。そこに並んでいる舟は『舟流し』専用の舟だ。その数を見れば分かるだろうが、いつ誰が死んでもいいように準備されている。次に流されるのが、あんたじゃないことを祈るよ」


 それだけ言うと漁師の舟は遠くへ離れていき、豆粒のような大きさになった。


 大丈夫、俺は死なない。しかし、専用の舟の数を見て衝撃を受けずにはいられなかった。


「加賀さん……?」


「あ、少し舟の数に驚いて。それと、小鳥遊さん。あなたはさとるさんの死を隠していましたね?」


 小鳥遊はバツが悪そうに顔を伏せる。


「彼の死を話せば俺が来ないと思ったんでしょ? 謎の死を遂げた人がいれば、誰だって嫌がりますからね」


「その通りです……。すみません、これしか方法が思いつかなくて」


 彼は消えいりそうな声で答える。


 依頼者が隠し事をするならば、因習を止めるのも苦労しそうだ。今まで、こんな経験はなかった。


「ここまで来たら、俺だって手伝うしかないでしょう。因習がなくならなきゃ、配信者としてやっていけないからね」


 小鳥遊は「助かった」と安堵の表情を浮かべている。


「まずは、この大量の荷物をなんとかしたい。島の旅館はどこに?」


 「火送り」の儀式まで日数があるから、着替えなどで荷物はいっぱいだ。さすがに、一日で片付く因習ではないだろうから。


「こっちです。少し丘が続きますが、ご勘弁ください」


 小鳥遊の後に続くと、竹林に挟まれた道が向かい入れた。


 こんな絵になる小道があるならば、島に観光客が来るようにアピールすればいいのに。いや、そうしたところで、因習の存在を知れば誰も来ないか。


「これから行く旅館の女将は明石あかし真紀まきさんって言います。旦那さんはさとるさんです。……この間、見張り台で死んだ」


 なるほど、いきなり因習の一つと向き合うことになるわけだ。


「ちなみに、彼女は『火送り』には反対の立場です。安心してください」


 まるで、賛成派であれば殺されてもおかしくないような口ぶりだ。


 自分でも気づいたのか「いい旅館ですよ。あそこの料理は絶品で……」と話を変えてきた。


 どうやら、反対派だとこの島で生きていくには苦労するらしい。漁師の忠告通り、儀式に賛成派の小鳥遊一族には気をつけた方が良さそうだ。さもないと、俺が死にかねない。


「見えてきました。あそこです」


 考え事をしすぎたらしい。旅館は小さいが外観には風情がある。竹林の先にある旅館。京都にあってもおかしくない組み合わせだ。


「先に行って真紀さん呼んできますね!」


 彼はそう言うなり駆け出す。


 よくもまあ、この丘を走って登れるな。地元民にとっては当たり前なのかもしれないが。


 小鳥遊がガラッと音を立ててドアを開ける。鍵がかかっていないのは田舎らしさを感じる。


「真紀さーん」


「ちょっと待ってー」


 しばらくして和装の女性が姿を現す。


 おそらく彼女が真紀さんだろう。髪には白いものが混じり出しているが、肌はつややかで年齢が分からない。だが、陰を感じる。夫が謎の死を遂げれば当たり前だろう。


「あなたが加賀さんね。遠くから来たって聞いたわ。ご苦労さま」


「いえいえ」


「ここで立ち話もなんだから、上がってちょうだい」


 外観に比べて広く、いくつか部屋がある。てっきり、二部屋、多くて三部屋だとばかり思っていた。


「あら、意外そうな反応ね。ネットに情報は載っているけれど、よく見なくて当然ね。この島には泊まるところがここしかないもの」


 真紀さんが目の前のふすまを開けると、小さな宴会ができそうな広い部屋に通された。


「え、こんな広いところでいいんですか?」


「まあ、因習が知られてからは、観光客も来なくなったからね」自虐的に言う。


「それに、広い方が何かと便利でしょう? 小鳥遊一族から隠れて作戦会議ができるから」


 確かに真紀さんの言う通りだ。作戦会議には島の古文書も必要だ。因習の源流を知るならば、過去の歴史から紐解くしかない。古文書を雑に扱うわけにもいかない。必然的にスペースが必要だ。


「ご配慮ありがとうございます」


「加賀さんは『火送り』の儀式を止めに来たのよね? できれば、見張り台の件も解き明かして欲しいの。もちろん、儀式優先で構わないわ。なぜなら……」


「旦那さんの悟さんが亡くなったから。そうでしょう?」


「その通り。あの人は『見張り台で一夜過ごすと死ぬ』という噂を否定するために体を張ったの。だけど……」


 そう、彼はやはり命を落とした。


「確約はできません。でも、並行して調査を進めます」


 真紀さんの肩を叩いて落ち着かせる。


「小鳥遊さん、早速話を聞かせてもらいましょうか。メールの情報だけじゃあ、不十分なので」


 小鳥遊と目が合った時だった。外でチリンという音がして、続いてガコンという音が聞こえてくる。


「真紀さん、これは……もしかして?」


「ええ。そのもしかして、ね。最悪のタイミングだわ」


 二人の中では通じ合っているらしいが、部外者にとっては何が何だか分からない。


「おーい、水をくれ」


 二人に続いて玄関に向かうと、そこには制服を着た人物が腰掛けていた。服装からするに、島の駐在さんだろう。


「半田さん、いい加減にしてちょうだい。島の見回りが大変なのは分かるけど、水筒くらい準備したら?」


 真紀さんはそういいつつも、グラスを渡す。駐在さんはゴクゴクと飲み干すと、手の甲で口を拭う。


「いやー、生き返った。おや、珍しくお客さんがいるな」


「彼は加賀さんって言います。『火送り』の儀式をなくすために呼びました」


「おい、小鳥遊たかなし。本気か? あれを止めるのには骨が折れるぞ。まあ、犠牲者が出なけりゃ仕事が減るから助かるがな。もし、今年も死者が出たなら、報告書を書かなくちゃならん。悟のを書いたばかりだから、勘弁して欲しいよ。まったく。誤解するなよ、仏が増えるのは嫌なんだ」


 どうやら、半田さんは仕事がどうなるかでしか考えていないらしい。人の生死を気にしない駐在員で、この島は大丈夫なのか? もしかしたら、彼が儀式など一連の出来事に加担している可能性もある。警察という立場を利用して。


 その時、竹林の小道を抜けて一人の女性が現れた。


「あなたが加賀さんですか?」


「ええ、まあ。そういうあなたは?」


「私は佐倉さくら瑞樹みずき。蓮から聞いてはいるでしょう?」


「神託で『火送り』の儀式に選ばれたとは聞いてます。小鳥遊さんと一緒に聞かせてもらえませんか? 儀式の詳細を」


「もちろん。まずは、中に入りましょう」


 瑞樹さんが提案した時だった。半田さんが口を開いたのは。


「詳細? 簡単だろ。神託で選ばれた人間は『火送り』の儀式に参加する。本来なら依代に名前を書いて終わりなんだが、ここ数回は違う。儀式当日に死んだ人を燃やすんだよ。神に捧げるために」


 つまり、このままでは瑞樹さんは……殺される。村の狂気によって。

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