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第26話 私たちの秘密

 それは眠りに就く前、ベッドの中での、たわいもない筈、の、双子の会話だった。


 声を潜めて妹は言った。


「ねえ、私たち、復讐しましょうよ」


 姉は怪訝そうな顔で、妹の顔を見やった。


「誰に?」

「私たち一族を追いやり、殺し尽くしたこの世界へよ」

「そんなこと、できるわけないわ」

「できるわよ」


 姉は、妹の自信ありげな顔が、少し怖かった。


「どうやって?」

「ドネーシャ、あの神話を知っていて?」

「ザキナ、忘れたことないわよ、だってあれは、私たちの……」

「あの神話で言われている、“”ってなんだと思う?」

「分からないわ」


 妹が自慢げに囁く、悪戯っぽい顔つきで。


「……私、分かったの」

「え、ほんとうに?」

「ほんとうよ。でも、肝心の、の作り方が分からないんだけど」

「そうなの? 私だけにその話、教えてよ」


 すると妹は微笑んだ。


「いいわよ、でも、私たちだけの秘密よ」


 緑色の瞳の視線が交差する。姉は言った。


「もちろんよ、私たちだけの、秘密。よ」


 舞台が暗転する。

 妹が連れてこられたのは、うち捨てられた廃坑のなかだ。

 彼女の悲鳴が木霊する。 


「父さん、母さん! 何で私を、ここに置いていくの?!」

「ザキナ、お前の考えは、危険すぎる」

「私たちにとっても、世界にとっても、危険すぎるのよ」

「なんでその話を知ってるの……! ドネーシャ……! 裏切ったわね!」


 妹は怒りも露わに、姉の顔を睨み、叫んだ。


「許して、ザキナ。でも話さずには居られなかった……! あなたはやっぱり、危険よ!」


 姉は妹から目をそらしながらも、小さく震える声ではっきりと告げた。

 妹は絶叫した。


「許さないわ! 絶対に!」


 数年が経った。


 廃抗の壁に描かれた文様を見て、父と母が呟いた。


「お前はここに閉じ込めておくだけでは、足りないようだ」

「あなたの画力は大きすぎる、封印が必要よ……」

「さあ、手を差し出すんだ。足もだ。ザキナ」


 妹の足と手は、がちゃり、と鎖に繋がれた。


「父さん、母さん! 何をするの? やめて!」

「……さぁ、これでもう動けないだろう」

「画力も発動できないでしょう……食べ物は引き続き持ってくるわ、ザキナ」

「ひどい……このまま、私、この廃坑で死んでいくの……?」

「それがこの世の為なんだ」

「ひどい、ひどすぎる……!」


 妹は嘆きながら、指を廃抗の地面に滑らせ、怒りのままに文様を描き、そして叫んだ。


「……野薔薇よ……!」


 途端に空間に野薔薇の蔓が出現する。それは父と母の腕に、首に、足に、瞬時に絡みついた。


「どうしてだ、手足は拘束したはずなのに!」

「……やめて! ザキナ! 地面に描いたこの蔓を、棘を消して!」


 妹は泣きながら叫ぶ。


「父さん、母さん……許して……! この花は手向けの花よ……」


 その語尾に両親の断末魔が、重なった。


「ザキナぁああああああ!」


 静かになった廃坑の中に、野薔薇の花がはらりはらりと舞い落ちる。

 妹は、倒れた両親の死骸を前に、動かぬ手足のまま、低い声で呟いた。


「……さよなら、父さん、母さん。でも、私もすぐ逝くから……」



 廃坑の外では今日も雨が降り続いている。

 妹はぼんやりと思う。

 ……あれから何日が過ぎたかな……。

 意識も朦朧としてきた……。


 あれ? まだ、野薔薇の香りがする。

 花がまだ咲いている……画力の限界を使っただけはあったな……。


 でも、この花は弔いの花。私はこの中で死んでゆく。


 ……ああ、私は死んでいくんだ、復讐も果たせずに……。


 ……。



 私を呼ぶのは、誰?


「おい! おい、しっかりしろ!」


 妹が目を開くと、目の前には、黒髪を短く刈った、軍服姿の青年がいる。

 誰何の声に、妹は答えた。


「え……? 私は、ザキナ……あなたは?」


 男が口を開いた。


「俺はドーズ。アマリヤ国の国境警備隊の大尉だ。ここには任務で来ているのだが……、ザキナとやら、お前はどうしてここに?」

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