それは眠りに就く前、ベッドの中での、たわいもない筈、の、双子の会話だった。
声を潜めて妹は言った。
「ねえ、私たち、復讐しましょうよ」
姉は怪訝そうな顔で、妹の顔を見やった。
「誰に?」
「私たち一族を追いやり、殺し尽くしたこの世界へよ」
「そんなこと、できるわけないわ」
「できるわよ」
姉は、妹の自信ありげな顔が、少し怖かった。
「どうやって?」
「ドネーシャ、あの神話を知っていて?」
「ザキナ、忘れたことないわよ、だってあれは、私たちの……」
「あの神話で言われている、“
「分からないわ」
妹が自慢げに囁く、悪戯っぽい顔つきで。
「……私、分かったの」
「え、ほんとうに?」
「ほんとうよ。でも、肝心の、
「そうなの? 私だけにその話、教えてよ」
すると妹は微笑んだ。
「いいわよ、でも、私たちだけの秘密よ」
緑色の瞳の視線が交差する。姉は言った。
「もちろんよ、私たちだけの、秘密。よ」
舞台が暗転する。
妹が連れてこられたのは、うち捨てられた廃坑のなかだ。
彼女の悲鳴が木霊する。
「父さん、母さん! 何で私を、ここに置いていくの?!」
「ザキナ、お前の考えは、危険すぎる」
「私たちにとっても、世界にとっても、危険すぎるのよ」
「なんでその話を知ってるの……! ドネーシャ……! 裏切ったわね!」
妹は怒りも露わに、姉の顔を睨み、叫んだ。
「許して、ザキナ。でも話さずには居られなかった……! あなたはやっぱり、危険よ!」
姉は妹から目をそらしながらも、小さく震える声ではっきりと告げた。
妹は絶叫した。
「許さないわ! 絶対に!」
数年が経った。
廃抗の壁に描かれた文様を見て、父と母が呟いた。
「お前はここに閉じ込めておくだけでは、足りないようだ」
「あなたの画力は大きすぎる、封印が必要よ……」
「さあ、手を差し出すんだ。足もだ。ザキナ」
妹の足と手は、がちゃり、と鎖に繋がれた。
「父さん、母さん! 何をするの? やめて!」
「……さぁ、これでもう動けないだろう」
「画力も発動できないでしょう……食べ物は引き続き持ってくるわ、ザキナ」
「ひどい……このまま、私、この廃坑で死んでいくの……?」
「それがこの世の為なんだ」
「ひどい、ひどすぎる……!」
妹は嘆きながら、指を廃抗の地面に滑らせ、怒りのままに文様を描き、そして叫んだ。
「……野薔薇よ……!」
途端に空間に野薔薇の蔓が出現する。それは父と母の腕に、首に、足に、瞬時に絡みついた。
「どうしてだ、手足は拘束したはずなのに!」
「……やめて! ザキナ! 地面に描いたこの蔓を、棘を消して!」
妹は泣きながら叫ぶ。
「父さん、母さん……許して……! この花は手向けの花よ……」
その語尾に両親の断末魔が、重なった。
「ザキナぁああああああ!」
静かになった廃坑の中に、野薔薇の花がはらりはらりと舞い落ちる。
妹は、倒れた両親の死骸を前に、動かぬ手足のまま、低い声で呟いた。
「……さよなら、父さん、母さん。でも、私もすぐ逝くから……」
廃坑の外では今日も雨が降り続いている。
妹はぼんやりと思う。
……あれから何日が過ぎたかな……。
意識も朦朧としてきた……。
あれ? まだ、野薔薇の香りがする。
花がまだ咲いている……画力の限界を使っただけはあったな……。
でも、この花は弔いの花。私はこの中で死んでゆく。
……ああ、私は死んでいくんだ、復讐も果たせずに……。
……。
私を呼ぶのは、誰?
「おい! おい、しっかりしろ!」
妹が目を開くと、目の前には、黒髪を短く刈った、軍服姿の青年がいる。
誰何の声に、妹は答えた。
「え……? 私は、ザキナ……あなたは?」
男が口を開いた。
「俺はドーズ。アマリヤ国の国境警備隊の大尉だ。ここには任務で来ているのだが……、ザキナとやら、お前はどうしてここに?」