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第20話 私たちの対決

 ザキナが馬に乗って戦陣の最前線に現れると、兵士たちからどよめきの声が上がった。


「あんな少女が?」

「まだ子どもじゃないか、しかも、ろくな装備を身につけていない」

「アルム少佐も無情なことをしなさる。あれではまるで、生贄じゃないか……」


 だが当の本人は、さして動揺もなく馬を、一騎の敵に向かって進めていく。その後ろ姿が遠ざかるのを、ドーズもまた最前列から眺めていた。


 ……生きて帰れよ。ザキナ。


 ドーズは知らず知らずのうちに心中でそうザキナに語りかけていた。すると、まるでその心の叫びが届いたかのように、馬上のザキナが振り向いた。その視線は真っ直ぐドーズの顔を射ている。そして、私は大丈夫よ、とばかりに微笑んでみせた。ドーズは思わず頷く。それを見てザキナはまた前を向いて、馬を前へと迷うことなく進めていく。

 そしてザキナは相手の顔を判別できる位置に到達するや、自らを呼び寄せたに語りかけた。


「やはり、あなたね、ドネーシャ」

「久しぶりね、ザキナ」


 栗色の髪の2人の少女は、その場に似合わぬ微笑みを顔に浮かべつつ、お互いの緑色の瞳を見やった。


「ザキナ、まだ間に合うわ」

「間に合う? 何のことかしら?」

「とぼけないで、ザキナ」


 草原を渡る風が、爽やかにふたりの栗色の髪を揺らす。ザキナは思う。こんな爽やかな風の中で、こんな会話はしたくなかったな、と。ふたりで風に吹かれて、絵の描き合いっこでもしていたかった。幼かったあの日々のように。


「変な野望は、捨てるのよ。そうすれば、あなたはあの暗い炭鉱に閉じこめられることもなかった」

「……ドネーシャ、それは、あなたが父さんと母さんに喋ったからよ」

「本当に、迷ったのよ。でも、まさかこんな事になるなんて」

「……信じていたのに」


 ザキナの寂しげな呟きに、ドネーシャが俯く。


「私だって、あなたを信じていたわ……父さんと母さんの説得さえあれば、あんな考えは、捨ててくれると。なのに、考えを捨てるどころか……殺す、なんて……」


 そのドネーシャの囁きに対して、ザキナは突如感情を揺さぶられ、叫んだ。


「あなたが喋らなければ、私たちだけの秘密のままにしていてくれれば、私だって、父さんと母さんを手を掛けずに済んだのよ!」


 ザキナの目に涙が滲んだ。同時に廃坑のなかでの惨劇が心をよぎる。そして、その中にはらはらと舞う白い影は、手向けの花びら。


 ドネーシャが沈痛な面持ちで呟いた。


「……私たちだけの秘密」


 ザキナも目から涙を溢れさせて呟く。


「そう、あのことは私たちだけの秘密……私はずっとずっと、が来るまで、そうなんだと、信じていたのよ……」


 ふたりの少女は泣いていた。ひとつの命を分け合った、双子の片割れ同士は、草原の馬の上で、ともにそっくりな顔と髪と瞳を濡らした。

 やがて双子の姉が妹にそっと問うた。


「もう、あの頃には戻れないの……? ザキナ」


 少しの間を置いて、妹は縦に頭を振った。


「そう……」


 次の瞬間、ドネーシャの目に鋭い閃光が走り、その手を空に高く振るわした。その手には妹が懐に携さえているものと同じような、銀筆が握られている。その筆先が弧を描くと同時に、ドネーシャは叫んだ。


「闇!」


 瞬時にして、2人の周りの草原の一部の空間だけが、ばぁーっ、と暗闇に包まれる。


「きゃっ!」

「もっと濃く!」


 ザキナの悲鳴を耳にしつつ、ドネーシャはなおも叫びながら空に文様を描く。ザキナは出遅れた、と思いつつも、暗闇のなか、手探りで懐からドーズの銀筆を探し出すと、彼女もまた、銀筆で弧を描きながら叫んだ。


いかづち!」


 今度は草原に激しい音が響いた。途端に暗闇を切り裂く雷鳴が天から降り、ドネーシャの作り出した闇を消し去る。そして、その衝撃と熱は闇だけではなく、ドネーシャを馬ごと吹き飛ばした。

 馬が嘶き、それにドネーシャが地面に転がる鈍い音が重なる。


「やめて、ザキナ……」


 姉は、草にまみれながら、苦しい息の下、妹を見上げて嘆願した。だが、ザキナは攻撃の手を緩めない。


「やめて……」

「これで最後よ! 氷!」


 その言葉は響くや否や、草原の一角だけに寒風が吹き荒れる。そして地面には一瞬にして霜がおり、氷の柱がにょきにょきと倒れ込んだドネーシャを囲むように生え、彼女の動きを封じた。


「ドネーシャ、勝負あったわね」

「ザキナ……」


 ドネーシャは冷気に唇を紫色にしながら妹の名を呻いた。

 氷の画力を緩めぬまま、ザキナは姉に語りかける。


「私といっしょに行こうよ、ドネーシャ」

「ザキナ……」

「そして、ふたりだけの秘密を、叶えようよ……ねぇ、ドネーシャ」


 ドネーシャが手を伸ばした。ザキナは思わずその手を掴もうと馬上から手を差し伸べる。


 だが、ドネーシャはその手を振り払った。代わりに手にしたものは近くに生えた氷柱である。それを引き抜くと、おもむろに自らの頬を氷の切先で貫いた。ドネーシャの顔から血が噴き出し、銀筆をも赤く濡らす。

 そして、ドネーシャは震える手で銀筆を空にかざした。瞬時にザキナが、姉の意図を察して絶叫する。


「ドネーシャ、それはだめ! それは……!」


 だが、ドネーシャは叫んだ。今までにない激しさで空に文様を描きながら。

 銀筆から宙に赤い血がざぁっ、と迸る。


「……炎!」


 草原は、激しい火の海に姿を変え、2人の少女を包み込んだ。

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