「そういう訳だったら、うちで預かろうか? 勿論、明日、世話役衆の意見を聞いて正式に決めることになるけれど」
「そうか、そうしてもらうと助かるよ。これで俺の今回の任務も無事完了だ」
フナーラの言葉に、ドーズは心から安堵し、感謝の言葉を述べた。肩の荷が下りた気分である。
……だが、同時に胸の隅で渦巻く哀愁の念はなんであろう。
……俺は、ザキナと離れるのが、哀しいのだ。
ドーズは、再度胸に秘められたその想いを認識せざるを得なかった。
思わず自分が可笑しくなる。埒もない。あんな、少女に、何の未練があるというのだ、俺は。俺とあの子の縁は、ただ、俺があの炭鉱から彼女を連れて帰った、それだけのことではないか。そうだ、幾ら、記憶のなかのあの女を、思い出させる存在であるからといっても。
いや、思い出させる存在だからこそ。
……離れねばならぬのだ、俺は、ザキナと。
そう決心して仕舞えば、ドーズの気持ちはだいぶん楽になった。
そのときだ。
隣の部屋から立て続けに、わーっ! と子どもたちの大歓声が聞こえてきた。
「お姉ちゃん、すごい!」
「もっと、もっと見せて!」
「……もう、おしまい」
「えーっ!」
子どもたちの興奮した様子の声は、なおもやまない。
「何をやっているんだろうね、あの子たちは」
フナーラが椅子から立ち上がった。つられてドーズも席を立ち、子どもたちとザキナのいる部屋に2人は戻ることにする。
扉を開けて、宿の大広間に戻ると、子どもたちがザキナを囲んで大騒ぎしている。その真ん中でザキナはやや困ったような顔をしながら佇んでいる。だが、その口元には、嬉しそうな笑みをも浮かべてもいる。
しかし、部屋に戻ってきたフナーラ、そしてドーズを目に留めた途端、そのザキナの笑みは一瞬にして消え失せた。
「何をやってるんだい、あんたたち、ちょっとうるさいよ!」
フナーラは子どもたちを叱り飛ばした。だが、子どもたちはそのフナーラの剣幕に怯むことなく、口々に叫ぶ。
「お母さん、すごいんだよ、このお姉ちゃん!」
「星をきらきらー、きらきらってね、手のひらから、降らせてくれたの!」
「何、寝ぼけたことを言っているんだい、ほら、もう寝る時間だよ!」
「えー」
「えーっ、もうちょっと、きらきら、見たかったー!」
「お姉ちゃん、また明日お星さま見せてね!」
子どもたちはフナーラの手で寝室に追いやられながらもザキナに手を振る。やがて子どもたちが去りゆき、静寂が戻った大広間には、ザキナとドーズの2人きりになった。
「ザキナ……? 何をやったんだ?」
「え?」
ザキナの表情は先程と打って変わって硬い。やがて、何か言い訳をするように、床に視線を投げ、ぽつりと呟いた。
「ちょっと手品を」
「なんだ、そうなのか」
そこでドーズは我に帰った。そんなことはどうでもいい、ザキナにフナーラとの話し合いの結果を知らせなければならない。そうして、自分の任務はようやく終わるのだから。
「いい知らせだ。ザキナ。フナーラが、宿の手伝いとして、暫くこの家でお前を預かってもよい、とのことだ、よかったな」
「……ありがとうございます」
ドーズの言葉を聞いて、ザキナは一礼した。だが、どこかぎこちなく。
「嬉しくないのか?」
「いえ、そんなことはありません」
そう答えてザキナは笑ってみせた。しかし、その笑みはどこまでも弱々しく、心からのものとはドーズには思えなかった。だが、ドーズはそれ以上ザキナを問い詰めるのは、やめた。彼女がどう思えど、この決定は揺るぎないものである。それに、ザキナの心中を探るのも、彼女にこれ以上関わらないと決めた以上、あえてするべきではないと思ったからだ。
「俺は明日、駐屯地に帰る。しっかりここで働けよ」
ドーズはそう言い残すと、フナーラにあてがわれた宿屋の一室へと姿を消した。
後にひとり残されたザキナは、机の上に裏返しに置いてあった帳面の紙片をそっとめくった。
その紙の上には、きらりきらりと、無数の星が輝く夜空が描かれていた。