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第4話


 走り出した馬車の中で、ぱちぱちと瞬きを繰り返したミディールは、「あなたって……、とても綺麗な顔してるのね」と、まるで美術品でも見るような感想を言った。


「そうでしょうか……?」

「あら、今まで言われて来たでしょう?」


 確かに言われたような気もするが、気に止めたことは無かった。

 孫娘を見て、楽し気な様子のベディラ公爵は、「ラギナスには勉強してもらうことが沢山ある」と今後の話を始めたが、自分にはどうしても引っ掛かることがあった。

 ミディールを守れと言われたが、自分は腕っぷしがあるわけでもないのに、いいのだろうか? とその辺りのこと聞いて見ることにした。


「ベディラ公爵、俺は、その……、お嬢様をお守りする技術がありません、どうすればいいのでしょう」

「ああ、守ると言っても、そんなに大したことをするわけじゃない、一緒に勉強や、散歩に付き添うだけで十分だ。常に護衛騎士がいるから気にしなくてもいい、ただ護衛だと咄嗟の時に困るから、君が身近で見ていてくれると助かる」

「分かりました」


 屋敷へ到着すると執事のリエドラ・ボスハルトに里親としてボスハルト男爵家の養子縁組を行う説明をされた。

 どうやら最初からベディラ公爵は、あの孤児院から誰か一人を選ぶ予定だったようで、この時は本当に自分がどれだけ運が良かったのかを痛感した。


「はじめまして、リエドラ・ボスハルトです」

「ラギナスです。よろしくお願いします」


 男爵家の長男として生まれて、十六歳から二十年間ずっとこの屋敷に仕えていると言う。

 両親は他界しており、家督を継いだ彼は結婚もしておらず、跡継ぎがいないという理由で養子として迎えることにしたのだと言うが、よく知りもしない孤児の自分を養子に迎えてもいいのだろうか? とラギナスの方が申し訳なく思ったことを今でも覚えている。


「普段は、兄と呼んでも構いません」


 彼の言うことに軽くうなずいたラギナスは、「仕事の時は何とお呼びすればいいですか?」と聞いた。


「リエドラ執事で構いません」

「分かりました」

「住まいに案内します」


 屋敷内にある仕様人部屋の中でも、一番待遇が良いと思われる部屋へと案内されて、「そちらの部屋を使いなさい」と抑揚なく言われ、ラギナスは躊躇いながら部屋へ入った。

 整えられた室内には、今まで寝ていたような、薄っぺらいベッドでは無く、触れると手の形の跡がつくほど、分厚く柔らかい布地だったので驚いた。

 揃えられている家具も、中身はまだ何も入ってないが、今まで見たことも、触れたことも無い、豪華な家具に胸が躍った。

 部屋の窓へ身を寄せると、さきほど馬車で通って来た公爵邸の立派な門飾りからの長い道のりが見えて、シスター=アリアから逃れることが出来たことを実感した。

 急に気が抜けて自分がペタンとその場に崩れると、背後からリエドラの、「どうしました?」と慌てた声が聞えた。


「いえ、気が抜けてしまいました」

「そうですか、今日は疲れたでしょうから、食事と湯浴みを取って、早目に寝るといいでしょう。食事の準備をしてきます」

「あ、俺が」

「いいえ、今、あなたが室外に出ると、他の侍女達の質問責めに合います」


 まったく、と怒りを露にするのを見てラギナスは、「すいません」と謝罪した。


「……今のは、あなた、えーと、ラギナスに言ったわけではありません」 

「はい」


 彼が言うには自分の見目のせいで外が騒がしいと言う。下町の中だけでなく、目の肥えた公爵家の女達にも、自分の見た目が有効なのかと思うと、また面倒なことが起きるのではないかと不安な気持ちが先行した。

 食事を取りに行ってくれた彼にお礼を告げると、カタっと椅子を引き、二人同時に席に着いた。

 彼は優雅な手付きでカップに水を注ぎながら身近な話を始める。


「明日は着る物や履物を揃えるために、店の者が身体のサイズを計りに来ます。少し大きいかもしれないですが、それまでは私の服を着るといいでしょう」

「はい」

「……なるほど、公爵が寡言な若者と仰ってましたが、本当のようですね。実の両親の思い出はあるのですか?」

「少しだけですが、母のことだけは覚えています」


 家族の思い出と言われて、咄嗟に口に出してしまったが、母のことはあまり思い出したくなかった。

 父親がいないせいで、毎日苦しい生活を送っていたし、母の美しい美貌のせいで、いつも変な男に付きまとわれていた。


 ――だから、母さんは死んだんだ。


 まだ本当の意味で子供だったラギナスには、母が無理強いされていた行為が何なのか分からなかったが、この年齢になった時、あれが男女の間で行われる情交なのだと知った。

 あの日、ラギナスに危険が及ばないようにクローゼットへ押し込めた母は男達に襲われた。数人の男達にまわされている最中、母は声も出さず、上に圧し掛かって来る男の行為に必死で耐えていた。

 男達はそれが面白くなかったのだろう。頬を何度も叩き、怒鳴り声と笑い声が入り混じった揶揄が飛び交った。

 自分は一部始終をワードローブの隙間から見守ることしか出来ず、涙を流しながら男達がいなくなるのを願うことしか出来なかった。

 男達がいなくなったあと、裸の母を見下ろし、泣きながら服を着せると近所の教会へ助けを求めた。その時、もう母の息が途絶えていることは分かっていたが、『助けて』と必死で縋った。


 ――あの時、母を助けることが出来たのは俺だけだったのに……。


「ラギナス?」

「あ、はい、すみません、ぼーっとしてました」


 リエドラに呼ばれ、すぐに返事を返したが小首を傾げた彼に、「大丈夫ですか?」と聞かれ「はい、心配をおかけしてすみません」と返事をした。


「暖かいうちに食べなさい」

「はい」

「私は弟を持ったことがありませんので、接し方が分かりません」

「俺も兄はいませんでした」

「では、分からない者同士、色々勉強していきましょう」


 そう言われて胸の奥が、ふわっと軽くなった気がした。

 少し不器用で堅苦しい人だが、嫌な顔ひとつせず、家族になってくれた彼となら良い距離が保てそうだと思った。




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