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第3話

 公爵家に引き取られるとは思っても見なかった自分は相当浮かれていたのだろう。

 部屋へ戻るなり、鏡を覗き込んだ。普段、自分の姿をじっくり覗き込むことなどないのに、珍しく鏡に自分の姿を映し、今さらのように身嗜みを整えた。

 薄茶色の髪は所々痛んでおり、くしが所々に引っ掛かり地肌に痛みが走った。

 湯浴みだけはシスターの配慮で毎日させられていたので他の孤児に比べて清潔な方だとは思うが、それでも貴族から見たら薄汚れた人間に見られている気がして、横を向いたり前を向いたり、本当に公爵家に引き取ってもらえるのか? と自分の顔を見ながら、隅々まで自分の姿を確認した。

 部屋の荷物を片付けていると、ローランが「公爵家に引き取られるって本当か?」と慌てて部屋に入って来る。


「本当だ」

「よ、かったな……」

「ありがとう」


 良かったと言いつつも、ローランの歪んだ眉を見れば、喜んでないことくらい自分にだって分かっていた。

 公爵家に引き取られるなんて、国王陛下から宝石付きの勲章をひとつ授けられるくらい価値があることだ。

 羨ましくて、悔しくて、表情が繕えないでいるローランの考えていることが、手に取るように分かった。

 男の嫉妬も散々浴びてきたし、面倒なことにも巻き込まれてきた。

 顔や体の造形が整っているというだけで、恨まれる対象になるのだから酷い話だ。


 ――これ以上、妬みが酷くなる前に、さっさと荷物をまとめよう……。


 急いで自分の荷物を確認した。

 荷物と言っても着替えが数枚あるだけで、適当な布に丸めて包むと、それを持って部屋を出た。

 待っていたベディラ公爵の元へ、「お待たせしました」と小走りで近付くと――、 


「ん、たったそれだけか?」

「はい」

「孤児全員に、毎月一着は新しい衣類が買えるように手配していたんだがな……」


 ベディラ公爵は「まあ、いい」と言ったあと、シスター=アリアへ目を向けた。


「書類は後日持って来る。この子の受け渡し金は今払おう。今まで好き勝手私用で散財していたようだから、払う必要は無さそうだが、決まりは決まりだ」

「はい……」

「シスター、他にも不備あるなら言いなさい」

「いいえ、滅相もありません」


 シスター=アリアは首を左右に大きく振った。


「これからは月に一度、全員の部屋を見て周るように我が公爵家から監査を入れることにしよう。それと、シスターには違う教会を紹介しよう」

「え……」

「何か問題でも?」

「いいえ」


 この時は呆れた物だと思った。

 神に仕えるシスターが私腹を肥やしてたことを知り、やはり神などいないのだと痛感した。

 そのままベディラ公爵の後を付いて行くと、家門の入った立派な馬車が待機している前でピタっと彼は足を止めた。

 お付きの人間が扉を開けるとベディラ公爵はラギナスに、「先に乗りなさい」と言ってくれた。

 促されるまま馬車の中へ入ると、美しい少女が乗っており、「あ……」と思わず戸惑いの声が自分から洩れた。

 少女と向かい合う形で席に座ったが、何を言えばいいのか考えていると、後から乗って来たベディラ公爵が、「この子は孫のミディールで、君と同じ歳だ」と愛しむ様に少女の横へ座り、彼女の小さな肩を抱いた。


「は、初めまして、ミディールお嬢様」


 ラギナスが緊張しながら挨拶をすると、彼女は口元を和らげ、「はじめまして」と小首を傾げて可愛らしく微笑んだ。

 琥珀色の大きな瞳は、世の中の汚い物を浄化出来てしまうのでは? と思うほど美しく、艶やかな絹色の細い髪が揺れる度に、言いようの無い甘い香りが漂った。


「重大な話をしておくが、この子は歩けない」

「え……」


 どうやら、数年前に階段を踏み外したらしく、神殿の治療師による治療魔法で一命は取り留めたものの、その代わりに歩くことが出来なくなったと説明を受けた。

 この時は単純に不憫な事故なのだと思っていた。まさか義兄による悪戯が原因だったとは思っても見なかったのだ。

 ベディラ公爵は、「それから……」と一旦、前置きをしたあと、孫の頭を撫でながらラギナスを見つめると、重々しい口を開いた。


「君には、今後この子の身の周りの世話と護衛を任せる」

「分かりました」


 ふむ、と小さく唸ったあと「さっきも思ったが、君は寡言かげんだな」と言われ、言われた意味が分からず、「寡言とは何ですか」と聞いた。


「口数が少ないと言う意味だ。何の疑問も持たず、案内されるままこの馬車に乗り込んで、孫を紹介されて世話を任せると言ったあとも『分かりました』だけだ。本当は聞きたい事が沢山あるだろう?」

「あ、申し訳ありません――」

「謝るな。別に怒って言ってるわけじゃない」


 はい、とラギナスは小さく返事をした。ベディラ公爵は背凭れに体を預けると、何処か不満げな様子を見せ、逞しい眉をきゅっと寄せた。


「教会に何度か尋ねていたが、君を見たのは今日が初めてだった。あの女狐、なるべく目の付かない仕事を任せていたんだろうな、そうでなければ、とっくの昔に何処かの屋敷に雇われていただろうに……」


 語尾は少し憐れむような言い方だった。


「ま、私は幸運だったかも知れない」

「何故でしょうか」

「君は、余計なことを言ったり、したりしないだろう、与えられた仕事を忠実に熟す子だ」


 不思議に思ったのは、今日たまたま教会で見かけただけで、どうしてそんな風に思ったのだろうか? だった。

 ラギナスの顔を見ながら、軽く微笑したベディラ公爵はそのまま口を動かした。


「何処の孤児院でもそうだが、孤児の子供と言うのは、良い屋敷に雇われたいと思っている」


 公爵は目を逸らすことなく、淡々と言葉を続けた。


「最大限に自分の良い所を見せようと、礼儀正しくするのが普通だが、君は、一瞬こちらを見ただけで、すぐ仕事に戻った。だから君を雇いたいと思った。立場をわきまえている子は好きなんだ」


 そう言って微笑んだ公爵は自分が思い描く理想の大人に思えた。

 今まで小さい子供達の食い物を平気で盗んで行く身勝手な大人や、暴力を振るう人間をたくさん見てきた。だから、初めて立派な大人を見て感動した。

 一頻り会話を終えると、ベディラ公爵の隣に座るミディールは、「この男の子が私を守ってくれるの?」と公爵に確認する。


「そうだよ、これからはラギナスがお前を守ってくれる」


 この時は、静かにこちらを見るだけの公爵令嬢であるミディールに、どう接すればいいのか途惑うばかりだった。




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