自分の見た目が年頃の女達の胸中をザワ付かせるほど端麗な姿だということに気が付いたのは十四歳になった頃だった。
教会の買い出しのため、脱穀屋で干し物を購入していると、「ラギナス、今度の祭り一緒にいかない?」と感謝祭に誘われた。
もちろん、干し物屋の娘だけでは無く、帰り道の花屋や宿屋の娘やら、とにかく色々な女に誘われたが全員に同じセリフを言った。
「シスターに聞いて見ます」と……。こう言っておけば、シスター=アリアの耳に入った時、彼女は上機嫌になる。
孤児院にいる間は出来るだけ問題になるようなことは避けたかったし、ラギナスにとっては丁度いい言い訳だった。
翌日、教会の手伝いを終えると、背後から同じ孤児院で生活しているローランが声をかけてくる。
「お前さ、干し物屋の娘と花屋の娘の二人から祭りに誘われたのに断ったんだって?」と祭の話を持ち出された。
「勝手に返事すると、シスターに後で説教されるからな」
「えー、お前可愛がられてんのに、文句なんか言われないだろ」
「まあ、念のためだよ」
そう、念のためだ……。
周りにいる同年齢の女も男も奉公先が決まり、貴族の下働きなど雇口が見つかるのに、ラギナスだけは一向に見つからなかった。
シスター=アリアに気に入られているからと言って、自分が望む待遇が与えられるわけではないのだと悩んでいたし、だから出来るだけ面倒なことにならないように気を付けていた。
いったい、自分の何が駄目なのかと、真剣に悩んでいた矢先、シスター=アリアが名家の申し出を全て断っていたことを知った。
「今日、お前を伯爵家の馬場で雇いたいと申し出があったらしいけど、シスターが断った見たいだぜ、随分とシスターに気に入られてんな……」
ふん、とローランが鼻を鳴らしたが、すぐにラギナスは否定の言葉を口にした。
「そんなんじゃないだろ、教会に男手が必要だからじゃないか?」
「嘘ばっかり、俺知ってるんだぜ、夜中にたまにシスターの部屋に行ってるの」
「あー、あれか、昼間仕事した褒美に、焼き菓子をくれる」
「へぇ……、俺も食いたいなぁ……」
シスター=アリアと何をしているのか、ローランは分かっている素振りだった。
なぜなら、羨ましそうに、ニヤ付くその顔は、男の欲望や興味が全面に出た表情だったからだ。
丁度、女の身体に興味が湧く年頃だし、別に不思議なことではないが、この時ラギナスが気になったのはシスター=アリアは自分以外の男は部屋に呼んだりしてないことだった。
「で、実際どうなんだよ? シスターの身体……」
馬鹿な話だと思った。ラギナスの身体はシスターに何をされても勃たないし、そんな気分にもなったこともないと、内心を晒してしまおうかと思ったが止めた。
どうしてなのか自分でも不思議に思うが、ラギナスの性器は男として一度も機能したことがない。だから自慰すら達成したことがなかった。
ニヤ付くローランに、「シスターは焼菓子をくれて、その日の話をするだけだ」と告げると、彼は失笑しながら、「本当かよ」と疑いの目でこちらを見た。
この頃のラギナスが考えることは何時も同じだった。
いつになったら、あのシスター=アリアから開放されるのか、いつこの教会から出て行けるのか、そんな募る不満を飼いならすのに精一杯で、ローランが羨ましがる理由すら理解出来なかった。
不満を奥底に収め、毎晩のようにシスター=アリアの言うことを聞く、その理由は簡単なことだ。
今、放り出されると職も無いまま、食事と寝床が与えられるだけの、労働金すらまともに払ってもらえないような仕事に就くことになる。早く自分を雇ってくれる人間を探さないと、まともな職に就けない状態だ。
教会が運営する孤児院に居られる年齢は十五歳が限界だろう。おそらくシスターはギリギリまで手元に置いたあと、ラギナスを放りだすつもりでいるに違いないのだ。
どうにかしないと、自分のやりたいことも見つけられないまま、奴隷のように生きる未来が見えて不安な毎日だった。
だが、そんな不安な日々の中で転機が訪れたのは、そのすぐ後だった。雲ひとつ無い乾いた空気が漂う、そんなある日――。
我が国の軍務官の中でも最高権力を持つモーディル・トリート・ベディラ公爵が孫と一緒に視察に来た。
ベディラ公爵は既に六十歳近い人物だったが、逞しく雄々しい風貌で、周りの空気を一瞬で重々しい物に変えるほど威圧のある男だった。
「ベディラ公爵、わざわざお越し頂いてありがとうございます」
「足りない物はないかな」
「はい、いつもご支援頂いている分で、十分賄えています」
シスター=アリアが、頬を赤く染める様子を見て――、馬鹿だな、あなた程度が相手にされるわけないだろ、と心の中で舌を出して悪態を付いた。
どちらにせよ、ラギナスには関係のない部類の人間だ。見て見ぬ振りをし、教会の掃除を続けることにしたが、何が目に留まったのか、ベディラ公爵は自分の目の前に来ると「君、名前は?」と尋ねて来た。
「ラギナスです」
「ラギナスか、年は幾つだ?」
「今年、十四歳です」
「今まで、引き取り手も、雇用主も現れなかったのか?」
ラギナスはチラっとシスター=アリアを見たが、彼女は咄嗟に目を逸らした。
「どうした?」
「はい、一度もありません」
ふぅん、と唸るとベディラ公爵はシスター=アリアへ「この子を持って帰る」と言った。
だが、シスター=アリアは慌てたように、「お待ちください」と自分の横へ来る。
「この子は、手癖が悪くて盗みを働く子です。公爵家などに連れて行っては……」
「本当か?」
「はい!」
「シスターに聞いたんじゃない」
ぴしゃりとベディラ公爵はシスター=アリア言い放ったあと、こちらを見て「どうなんだ?」と聞いて来る。
この時、公爵にどんな意図があるにせよ、ここを抜け出す最初で最後の機会だと思った。
「盗みなんて、一度もそんな真似をしたことはありません」
正直に盗みは働いてないと言ったが、基本、大人は大人の言うことの方を信じる場合が多く、特に孤児という子供の発言は信用されない。だから、ラギナスも期待はしてなかった。
「分かった、今すぐ荷物をまとめて来なさい」
「え……」
「どうした? 我が公爵家に来るのが嫌か?」
「いえ、とんでもないです!」
ラギナスは慌てて「荷物を取って来ます」と児院の宿舎へ向かうことにした。
項垂れるシスター=アリアの横を取り過ぎる時、「あなたは私の物よ」と言われ、三十歳を過ぎた女が十四歳の男に執着する理由が自分には理解出来ず、その時は寒気すら感じた。