――どうしてこんなことに……。
顔に返り血を浴びた彼女が、「ラギナス、一緒に逃げましょう」と瞳を潤ませる。
全身を震わせる彼女は、拉致に遭ったことも含めて、気が動転しているのだと思った。
ラギナスは何十人と転がる賊の死体に紛れて倒れている豪奢な衣装を着た男の亡骸を見下ろした。
この死体はミディールの拉致を企んだ張本人である義兄のリチャードだ。
いくら正当防衛とはいえ、公爵家の跡取りを殺害したラギナスの行く末は断罪しか待っていない。
「ミディール様、俺は罪を償わなければいけません」
「嫌よ、ラギナス私を置いて行くの?」
それなら……、と彼女はキョロキョロと辺りを見回すと、近くで倒れている賊が持っていた短剣を握り、自身の首へあてがった。
「貴方がいないこの世に未練などないわ」
「ミディール様! その剣をこちらに渡して下さい!」
「だったら、私ごと奪いに来て」
逆らえるわけが無かった。
愛しい人を手離せないまま、ラギナスは彼女と逃げる選択をした――。
人目を避ける様に森の中へと突き進み、休憩出来そうな岩場を見つけると、彼女をそこへ降ろした。
「直ぐに火を熾します」
「うん」
ラギナスは辺りに落ちている木々や枯草を集めると火を熾した。
彼女は自身の肩を抱きながら寒そうにしているが、おそらく寒いだけではなく、先程の出来事も関係しているのだろうと思った。
どうしてこんなことになったのだろうか、賊に襲われたことも含め、自分の力を制御出来なかったことに後悔が押し寄せる。
飲まず食わずで、ここまで来たことに今更のように気が付いたラギナスは――、
「お嬢様、お腹は空いてませんか?」
「もう、お嬢様に呼び方が変わってる、ミディール!」
「はい、ミディール様」
「ラギナスは? お腹空いた?」
「そうですね、何か食べれそうな動物を狩ってきます」
一人で置いて行くのは心配だが、この森にどの
「その魔法具は俺の騎士の証と連結してますので、床にでも叩きつけて割って下さい。直ぐに駆けつけます」
羽織っているマントを彼女に渡し、「では行って来ます」と言い残すとラギナスは狩に出た。
夕暮れ時、陽も落ちかかっているため、大した物は狩れないが、夜行性の小動物程度なら苦労なく捕まえられた。
ついでに近くを流れる川の水を魔法頭巾で包むと、急いでミディールの元へ向かった。
「ミディール様……?」
一瞬姿が見えず、何処へ行ってしまったのかと、焚火の近くへ急いで向かうと、横たわる彼女を見つけた。
疲れて眠っているようで一安心したが、これからの事を考えると安心してばりもいられなかった。
薄暗い森の中で、ゆらゆらと揺れる焚火を見つめ、ラギナスは懐かしい出来事を思い出す。母が他界した時、十歳やそこらだった自分は、身寄りのない孤児として、教会の小間使いをしていた。
人より少し見目が好かったせいか、シスター長であるシスター=アリアに可愛がられたが、それは……、あまり好ましい待遇とは言えなかった。
◇
「ラギナス、お祈りが済んだら部屋に来なさい」
シスター=アリアに部屋に来るように言われたのは、十二歳になった頃だ。
初めて部屋へ来るように言いつけられて、ラギナスは何か粗相をしてしまったのかと思った。
他の同い年の子供達より、頭ひとつ体が大きかったこともあり、雇用主が現れる前に孤児院を出なくてはいけない話をされるのかと内心ひやひやした。
暗がりの中、ロウソクの受け皿を持ち、普段通ることが無い通路を進み、シスター=アリアがいる部屋で立ち止まる。
緊張で乱れる呼吸を整えたラギナスは軽くドアの端を叩いた。
「遅かったわね」
ゆっくりと扉が開きシスター=アリアが顔を覗かせる。
「遅くなってすみません」
「いいのよ、いらっしゃい」
「はい」
部屋に入ると、甘い香りが鼻をくすぐった。どこから漂って来るのかと、室内を見渡し、机上に置いてある焼き菓子が見えて、思わず生唾を飲んだ。
ラギナスの様子を見てすぐにシスター=アリアは「食べたい?」と聞いて来るので、大きく頭を縦に二回揺らした。
「食べていいわよ」
「ありがとうございます」
優しく微笑むシスター=アリアは、机の椅子を引き、ラギナスをそこへ座らせた。
彼女の顔が普段と違った顔に見えて、じっと見つめていると、小首を傾げて「どうかした?」と尋ねられ、慌てて頭を振った。
――あ、そうか、髪……。
いつもはウィンプルを頭から被っているので分からなかったが、シスター=アリアは髪を胸元まで下ろしており、だから普段と違って見えるのだと気が付いた。
その時、初めてシスター=アリアの髪が赤いことや、長い髪だということを知った。
ラギナスが焼き菓子を食べている最中、彼女は寝着のローブをたくし上げて、じっとこちらを眺めてた。
皿にあった焼き菓子が全てなくなった頃、シスター=アリアは「ラギナス、こっちにいらっしゃい」と呼んだ。
おずおずと彼女の元へ向かうと、自分の下服に手が伸びてきた。
「シスター……?」
「大人しくね?」
「はい」
抵抗など出来るわけも無く、されるがままだった。彼女の冷たい手が胸元から下腹部へ滑り降りてくる。
「あ、ぁ、の……」
「もう部屋に帰っていいわよ、これは検査だから誰にも言っちゃ駄目よ、いい?」
「はい」
その日から頻繁に呼ばれるようになった。
何時もされることは同じで、ラギナスは衣類を脱がされると、彼女に身体を触れられて時には身体を舐められることもあった。
ある日、「変ね」と彼女は呟いたが、何が変なのか自分には分からなかった。
残念そうな顔をしながら何かを諦めたような、冷たい目で見られた日――、「俺も何か出来ることはありませんか」と言った。そう言わないと追い出される気がして自分も必死だったのだ。
彼女の鼻から小さな息が零れて、口の端が横へ広がり、喜びを含んだ笑みを浮かべる。ラギナスがその言葉を言うのを待っていたのかのように「いい子ね」と彼女は甘く声を出した。
その日から自分はシスターの言いなりになった。