煌星が目を覚ましたとき、寝殿の中はすでに朝の光に満たされていた。
ゆるやかに揺れる帳の隙間から、微かな風が入り込んでいる。
(……ん、朝……?)
ぼんやりと瞬きをすると、視界に入ったのは――隣に寝ている景翊の姿だった。
あまりにも自然に、煌星のすぐそばで眠っている。
(もうさぁ……!本当にちっかいんだよ!)
一瞬で完全に目が覚めた。
思わず身じろぎすると、景翊の腕がわずかに動く。
すると、その琥珀色の瞳がゆっくりと開かれた。
「……起きたか」
低く掠れた声に、煌星は一瞬ぎくりとする。
「え、あ……いや、その……」
まだ寝ぼけているのか、景翊はわずかに目を細めたまま、煌星の顔をじっと見つめていた。
「……ふむ」
なぜか納得したように呟くと、ゆるく微笑みながら、指先で煌星の髪をかき上げる。
「何……?」
煌星は戸惑いながら身を引こうとしたが、景翊はその動きを止めるように軽く額を突いた。
「寝顔、可愛かったな、と」
「はぁ!?!?」
煌星は、勢いよく飛び起きた。
「それに、お前は寝てる間も隙だらけだな」
景翊は、のんびりと身を起こしながら言う。
煌星は、顔を赤くしながら頭を抱えた。
(寝てる間に隙をつくらないってどうすんだよっ!それぶなんでこいつは朝からそんなことをサラッと……!)
気を取り直すように、大きく息を吐く。
牀から抜け出そうとすると、景翊も自然な動作で身を起こした。
「……どこへ行く?」
「寝室に戻る」
「なら、一緒に行こう」
「はぁ!? もう襲撃者はいないってば……!」
「警戒を解くのはまだ早い」
煌星が何を言っても、景翊は当然のような顔で立ち上がり、煌星の肩へ軽く手を添えた。
結局、景翊に付き添われたまま寝室へと戻ることになる。
(昨夜の騒ぎで、そのまま客間にいたけど……早く戻らないと)
寝殿の前に立ち、煌星はそっと扉を押し開ける。
昨夜の出来事を思い出しながら部屋の中を見回したそのとき――ふと、視線が止まった。
(あ……酒瓶……良かった、あった)
封をされたままの酒瓶が、牀の端に静かに置かれている。
そこには、まだ微かに昨夜の甘い香りが残っていた。
煌星は、布団を払いのけ、酒瓶を手に取る。
昨夜は襲撃の混乱で、しっかりと分析する余裕がなかった。
けれど、今なら――
「……今のうちに確認しておきたい」
煌星がそう呟いた瞬間、隣にいた景翊が眉をひそめた。
「寝起き早々に何をする気だ?」
「調香師としてこの酒の成分を分析するんだよ!」
煌星は、景翊の呆れたような視線も気にせず、酒瓶の封を解く。
ゆっくりと鼻を近づけ、慎重に香りを嗅いだ。
(……やっぱり、ほんの僅かに甘ったるい香り……でも、単なる香料じゃない……)
「……!」
何かが脳裏で弾けた。
(待って……これは、たしか……!)
煌星の表情が変わる。
だが、決定的な答えが出る前に、寝殿の外から控えめな声が響いた。
「貴妃様、お目覚めでしょうか?」
柳蘭の声だった。
「……うん、起きてる」
煌星は素早く寝巻の襟を整え、景翊を睨む。
「ほら、もうさっさとどいてよ!」
「お前、俺を追い出す気か?」
「当たり前だろ!」
景翊はため息混じりに肩をすくめると、ゆったりと立ち上がった。
煌星が扉を開けると、そこには柳蘭と魏嬪の姿があった。
「貴妃様、おはようございます」
魏嬪は、いつものように優雅に一礼する。
だが、そのまま真っ直ぐに煌星を見つめた。
「……新たな情報が入りましたわ」
煌星は、背筋を正す。
「酒蔵の管理をしていた女官が"急に辞めた"という話があるそうです」
魏嬪が静かに告げた。
煌星と景翊の視線が、一瞬であった。
「……それだ」
二人の声が、ほぼ同時に重なった。
酒蔵管理をしていた女官……それが、急に辞めた。
(……何かを隠すためだ)
煌星の眠気は、一瞬で吹き飛んだ。
景翊もまた、琥珀色の瞳を鋭く光らせる。
「すぐに調べるぞ」
煌星は無言のまま頷く。
(――絶対に突き止めてやる)
そう強く決意しながら。