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十六、それでも貴妃様はめげない

煌星は、まだ腕に残る景翊の温もりを振り払うように、深く息を吐いた。


(……心配してくれてるっぽいけど)


「勝手に動いたら閉じ込める」とか、あれはただの脅しなのか?

それとも、本気で実行するつもりなのか。


(……いや、アイツならやりかねない……とはいえ、放っておける問題じゃないし、もう少しだけ……)


そんなことを考えながら、煌星は再び香りに集中する。

先ほどと同じ場所に立ち、わずかに漂う甘い香りを追った。


(……やっぱり、この先だな……)


煌星は、静かに歩を進める。

すると――


「やれやれ、やっぱり行くのか」


(うわっ!!?)


突然背後から声がして、煌星は飛び上がりそうになった。

驚いて振り返ると、そこには――やはり景翊がいた。

黒い衣をまとい、月光を背に静かに立っている。


(……なんで!?!?!?!?)


「陛下、もうお休みになられては……?」


できるだけ冷静を装い、煌星は扇を開きながら微笑む。

だが、景翊はまったく取り合う気がなさそうだった。


「お前こそ、なぜまだ動いている?」

「そ、それは……」


煌星が口ごもると、景翊はため息混じりに言った。


「どうせお前は止めても動くんだろう?」


(……ぐっ……)


何も言い返せない。

煌星は、結局は勝手に動くつもりだったのだから。


「だったら俺がついていく」


「は!?!?」


煌星は思わず景翊を見上げる。


「いやいやいや、僕一人で大丈夫だって!」

「黙れ」


ばっさりと切り捨てられる。


「何度言えばわかる? お前は"狙われた"側なんだぞ」

「そ、それは皇帝陛下じゃございませんか?私では……」

「煩い。単独行動はもう許さない。どうしても調べたいなら、俺がついていく」


景翊の声には、有無を言わせぬ力があった。

煌星は、じりじりと追い詰められる感覚を覚えた。


(えええぇ……絶対、僕一人でやる方が楽なのに……)


だが、ここで言い争っても無駄だ。

煌星は、仕方なく深いため息をついた。


「……わかったよ。じゃあ、一緒に」

「最初から素直にそう言え」


景翊は、満足げに微笑む。

その余裕たっぷりな笑みに、煌星は内心で歯ぎしりする。


(くっそ……なんか思惑がありそうなんだよなぁ……)


しかし、ここで足止めされるよりはマシだ。

煌星は、改めて香りに集中することにした。


「多分……この先……」


景翊も無言のまま煌星の隣を歩く。

夜の後宮は静寂に包まれ、月明かりが白く輝いていた。

ふたりの足音だけが、回廊に響く。


(……誰かが運んだ場所が、どこかにあるはず)


煌星は、香りの微かな痕跡を辿りながら、さらに奥へと進んだ。

そして――


目の前に現れたのは、酒蔵だった。


煌星と景翊は、静かに立ち止まる。


「……なるほど。正解かもしれんな」


景翊が低く呟く。

煌星は、じっと扉を見つめながら、ごくりと唾を飲み込んだ。


(この中に……手がかりがあるかもしれない)


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