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十四、貴妃は事件の調査にとりかかる

煌星は、寝殿の中で布団を頭までかぶり、悶絶していた。


(……っっっ、落ち着け、僕!!!!!)


景翊の口移しの感触が、まだ唇に残っている気がしてならない。

あの時は薬を飲むのに必死だったが、冷静になった今、考えれば考えるほど羞恥が込み上げてくる。


(あ~~~~!!! なんであんなことしたんだよ、あのバカ皇帝……!!!)


布団の中でじたばたと暴れていると――


「貴妃様、お目覚めですか?」


柳蘭の静かな声が扉の向こうから響いた。


(……あっ、そうだ、仕事しなきゃ!!)


煌星は慌てて飛び起き、寝間着のままでは格好がつかないと柳蘭の手を借りながら朝の支度を急ぐ。


「魏嬪様がお待ちです」


柳蘭が扉を開けると、魏嬪がすでに優雅に座していた。


「おはようございます、貴妃様」


いつものように、扇をしなやかに動かしながら微笑む。

煌星は、軽く息を吐いて座ると、魏嬪がゆるりと口を開いた。


「昨夜の件ですが――調べたところ、『毒見役の女官』の動きがどうにも怪しいようです」


(……やっぱり、そこだよなぁ)


本来、毒見役がいる限り、皇帝の盃に毒が仕込まれることはありえない。

煌星は腕を組みながら考える。


「……その毒見役は?」


魏嬪の扇が、僅かに動いた。


「今朝、亡くなっておりました」


煌星は、思わず肩を震わせた。


(仕事が早すぎる……)


毒を盛った側が口封じをするのは想定内。

しかし、ここまで迅速に消されるとは思っていなかった。

となれば、毒見役は元々"使い捨て"の駒だった可能性が高い。


「死因は?」

「不審死。自害とされていますが、あまりにも不自然ですわ」


魏嬪の声音には、一片の感情もない。

ただ、静かに事実を告げるだけ。

煌星は、唇を引き結ぶ。


(……後宮にいる人間が、そう簡単に自害するか?しないとも限らないけど……)


宮仕えの女官たちは、家族を人質に取られているようなものだ。

彼女たちが簡単に命を絶つとは考えにくい。


「つまり――殺された、と考えていい?」

「ええ」


魏嬪は、穏やかに頷いた。


「ただ、これで"犯人に繋がる確実な証拠"が消えてしまいましたわ」


煌星は、深く息を吐いた。


(……犯人、やっぱり後宮の誰かだよな?)


毒見役の女官も、酒を運んだ侍女も、高い身分ではない。

つまり、彼女たちを動かした"黒幕"がいる。

だが、ここで相手に気づかれ、さらに証拠を消されていけば、ますます手がかりが失われる。


(……どうする?)


煌星は思考を巡らせた。

しかし、魏嬪はそんな煌星をじっと見つめながら、ふっと笑みを浮かべる。


「ですが、貴妃様――"痕跡"は、残されているかもしれませんわ」

「……え?」

「"香り"です」


魏嬪は、ゆるりと扇を閉じた。

煌星の眉がぴくりと動く。


「……香り?」


魏嬪は、優雅に微笑む。


「貴妃様は、調香師でいらっしゃいます。もし昨夜の酒に"特定の成分"が含まれていたのなら――香りに僅かな違いが出ている可能性がございますわ」


(……なるほど)


煌星は、微かに目を細めた。

昨夜の酒には、明らかに"不自然な甘さ"があった。

そして、宮中で使われる薬や香料には、それぞれ独特の匂いがつけられている。

もし、あの酒に仕込まれたものが"催淫作用のある薬"だったなら――


(その匂いを辿れば、何か手がかりが見つかるかもしれない)


煌星は、拳を握った。

何もしなければ、犯人の思うままに証拠が消されるだけ。

ならば、今の自分にできることをするしかない。


「魏嬪、柳蘭」


煌星は、二人を見据える。


「昨夜の酒がどこから運ばれたのか、調べられる? まずは出所だね。あと、毒見役の親族も確認してほしい」


魏嬪が、ゆっくりと微笑んだ。


「酒を運んだ侍女、その周囲にいた者――すべて洗い出してみせますわ」


柳蘭も、静かに頷く。


「後宮のどこで、あの酒が用意されたのか……私も調べてみます」


煌星は、深く息を吐いた。


(まずは……香りの痕跡を追ってみる)


それが、今できる最善の策だ。


「……ありがとう、二人とも」


煌星は、二人に感謝を伝えた。

魏嬪は、涼やかに微笑んだ。


「貴妃様こそ、御身をお大事に」


(……いや、それが一番難しいんだけどね……)


煌星は、苦笑しながらも、決意を新たにした。


(この事件……絶対に解決してやる)


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