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十三、皇帝陛下はご不満

「貴妃様、お加減がすぐれないとお聞きし、解毒の薬を持参いたしました」


その瞬間、寝殿の扉の向こうから魏嬪の澄んだ声が響いた。


(……助かった!!!!)


煌星は、心の中で絶叫する。

景翊の手が、ピタリと止まった。

そして、舌打ちすると、少しの間を置き――ゆっくりと息を吐く。


(……ああ、これ、めっちゃ邪魔された時の反応だ……)


景翊の琥珀色の瞳が僅かに細められる。

まるで「惜しいところだった」とでも言いたげに。


「陛下、貴妃様」


扉の向こうから、魏嬪が礼儀正しく名を呼ぶ。


「ご無礼を承知の上でお持ちしました。どうかお許しを」


景翊は、煌星の衣を手早く整えると、すっと身体を起こした。


「……魏嬪、入れ」

「かしこまりました」


扉が開き、魏嬪が静かに寝殿へと足を踏み入れる。

その手には、小さな白磁の瓶が握られていた。


「貴妃様、ご気分はいかがですか?」


魏嬪は、煌星の傍らにそっと膝をつく。


「……少し、熱が……」


(いや、熱どころじゃないけれども……!貞操の危機だったようなようなような)


煌星は心の中で盛大に毒づいたが、魏嬪は何もかも承知の上というように微笑んだ。


「陛下、こちらの薬を」


魏嬪は景翊へと白磁の瓶を差し出す。


「催淫系の薬は、時間が経てば治まりますが、これはそれを早めるもの。服用させれば、貴妃様もお楽になるかと」


景翊は、一瞬だけ魏嬪を見つめ、やがて瓶を受け取る。


「……わかった」


(わかった、じゃねえよ!こっちはずっと大変だったんだが⁈)


煌星は、ぐったりしながら魏嬪の方を見た。


「魏嬪……ありがとう」

「ふふ、貴妃様のお力になれたのならば、何よりです」


魏嬪は、優雅に微笑み、立ち上がる。


「では、私はこれで」


魏嬪は深々と礼を取り、そのまま寝殿を後にした。

扉が閉まると、再び静寂が落ちる。

煌星は、荒くなった息をなんとか整えながら、景翊を見た。

景翊は、瓶の封を開け、中の薬を盃に移すと、煌星へと差し出す。


「飲めるか?」


煌星は、手を伸ばそうとするが、指先にほとんど力が入らない。

ぐったりと牀に沈む。


(やば……手が動かない……)


「……仕方ないな」


景翊は、微かに笑みを浮かべると、瓶を手に取った。

そして――


「ほら、口を開けろ」

「……へ?」


煌星が聞き返した瞬間、景翊は自ら薬を口に含み――

そのまま、煌星の唇を塞いだ。


(――――!!!???)


驚愕する間もなく、薬液がゆっくりと流し込まれる。

景翊の舌先が、わずかに煌星の唇をなぞる。

甘苦い薬の味が広がる。


(何、して……‼)


景翊の手が煌星の顎をしっかりと支え、逃げることを許さない。


(口移しとか、なんでそんな手段を……!? いや、飲めなかったけどさぁ……‼)


喉を動かし、どうにか薬を飲み下す。

その瞬間、景翊の唇が名残惜しげに離れていく。


「……よし、全部飲んだな」

「~~~~~~!!!!!」


煌星は、顔を真っ赤にして、言葉を失った。


「……な、何して……!?」

「お前が自分で飲めないからだろう? 優しさだ」


景翊は、涼しげに言いながら、唇を拭う。


「いや、普通に盃とかで渡せばいいし……! それを、なんで口移し……⁈」

「こうすれば、確実に飲み込むだろう?」


景翊は、平然と答えた。


(確かに飲んだけど……! そういうことじゃない……!)


煌星は、羞恥と薬の効果でさらに体温が上がるのを感じた。


「……演技にしてもやりすぎだろ!!! ばか!!!」


景翊は、楽しげに笑いながら煌星の額を指で弾いた。


「……いずれ、お前が望む時が来る。その時は……逃がさない」

「はぁ⁈」


景翊は満足げに立ち上がると、何事もなかったかのように背を向けた。


「……今夜はもう休め」

「や、休めるかぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


煌星の絶叫が、寝殿に響き渡った。


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