「貴妃様、お加減がすぐれないとお聞きし、解毒の薬を持参いたしました」
その瞬間、寝殿の扉の向こうから魏嬪の澄んだ声が響いた。
(……助かった!!!!)
煌星は、心の中で絶叫する。
景翊の手が、ピタリと止まった。
そして、舌打ちすると、少しの間を置き――ゆっくりと息を吐く。
(……ああ、これ、めっちゃ邪魔された時の反応だ……)
景翊の琥珀色の瞳が僅かに細められる。
まるで「惜しいところだった」とでも言いたげに。
「陛下、貴妃様」
扉の向こうから、魏嬪が礼儀正しく名を呼ぶ。
「ご無礼を承知の上でお持ちしました。どうかお許しを」
景翊は、煌星の衣を手早く整えると、すっと身体を起こした。
「……魏嬪、入れ」
「かしこまりました」
扉が開き、魏嬪が静かに寝殿へと足を踏み入れる。
その手には、小さな白磁の瓶が握られていた。
「貴妃様、ご気分はいかがですか?」
魏嬪は、煌星の傍らにそっと膝をつく。
「……少し、熱が……」
(いや、熱どころじゃないけれども……!貞操の危機だったようなようなような)
煌星は心の中で盛大に毒づいたが、魏嬪は何もかも承知の上というように微笑んだ。
「陛下、こちらの薬を」
魏嬪は景翊へと白磁の瓶を差し出す。
「催淫系の薬は、時間が経てば治まりますが、これはそれを早めるもの。服用させれば、貴妃様もお楽になるかと」
景翊は、一瞬だけ魏嬪を見つめ、やがて瓶を受け取る。
「……わかった」
(わかった、じゃねえよ!こっちはずっと大変だったんだが⁈)
煌星は、ぐったりしながら魏嬪の方を見た。
「魏嬪……ありがとう」
「ふふ、貴妃様のお力になれたのならば、何よりです」
魏嬪は、優雅に微笑み、立ち上がる。
「では、私はこれで」
魏嬪は深々と礼を取り、そのまま寝殿を後にした。
扉が閉まると、再び静寂が落ちる。
煌星は、荒くなった息をなんとか整えながら、景翊を見た。
景翊は、瓶の封を開け、中の薬を盃に移すと、煌星へと差し出す。
「飲めるか?」
煌星は、手を伸ばそうとするが、指先にほとんど力が入らない。
ぐったりと牀に沈む。
(やば……手が動かない……)
「……仕方ないな」
景翊は、微かに笑みを浮かべると、瓶を手に取った。
そして――
「ほら、口を開けろ」
「……へ?」
煌星が聞き返した瞬間、景翊は自ら薬を口に含み――
そのまま、煌星の唇を塞いだ。
(――――!!!???)
驚愕する間もなく、薬液がゆっくりと流し込まれる。
景翊の舌先が、わずかに煌星の唇をなぞる。
甘苦い薬の味が広がる。
(何、して……‼)
景翊の手が煌星の顎をしっかりと支え、逃げることを許さない。
(口移しとか、なんでそんな手段を……!? いや、飲めなかったけどさぁ……‼)
喉を動かし、どうにか薬を飲み下す。
その瞬間、景翊の唇が名残惜しげに離れていく。
「……よし、全部飲んだな」
「~~~~~~!!!!!」
煌星は、顔を真っ赤にして、言葉を失った。
「……な、何して……!?」
「お前が自分で飲めないからだろう? 優しさだ」
景翊は、涼しげに言いながら、唇を拭う。
「いや、普通に盃とかで渡せばいいし……! それを、なんで口移し……⁈」
「こうすれば、確実に飲み込むだろう?」
景翊は、平然と答えた。
(確かに飲んだけど……! そういうことじゃない……!)
煌星は、羞恥と薬の効果でさらに体温が上がるのを感じた。
「……演技にしてもやりすぎだろ!!! ばか!!!」
景翊は、楽しげに笑いながら煌星の額を指で弾いた。
「……いずれ、お前が望む時が来る。その時は……逃がさない」
「はぁ⁈」
景翊は満足げに立ち上がると、何事もなかったかのように背を向けた。
「……今夜はもう休め」
「や、休めるかぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
煌星の絶叫が、寝殿に響き渡った。