目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第4話 逆さの真実

カオス合コンの翌日、土曜日の朝。


高橋から「話したいことがあるんだけど、午後からカフェで会えない?」と連絡が来た。二つ返事でOKしカフェで待ち合わせる。


敢えて注釈する必要もないが補足しておくと、ここでいうカフェとは男女がデートで行くようなホイップモリモリのパンケーキ屋でも、平皿の上にくぼみのあるパスタ皿が乗りパスタや前菜がチョコンと盛り付けてあるようなホテルのような店でもなく、全国展開している女神さまの某コーヒーショップだ。


悪口じゃないよ!!!常連でタンブラー持っているし。コーヒー最高、ふかふかなソファとコンセントありがとう。


「よっ」

あいさつと言えるのか分からない短い言葉を発し高橋が向かいの席に座ってきた。

「ん」

高橋の事をどうこう言う資格もないくらいこちらも短い返事で返す。



「あのさ、早速だけど来週のFOMCどう見ている?」


「んーー。そっちね。私はそれよりも雇用統計の方に注目しているかな。予想と乖離が大きかったら、為替も一瞬で値動き荒く動くかなって」


「確かに。そこも怪しいんだよな。ボリンジャーバンドもそのあたりでエクスパンションしそうなんだよ。他のインジケーター見てもそろそろ感あるんだよな。」


「そうなんだ。移動平均線や雲もちょっと微妙な場所になってきてこれ抜けると一気に動くかと思ってた」


「マジか、どれ?今開ける?見せて」


「これ、ここがさ日足に支えられて動いているんだけどちょっと動きが離れ気味で」


私のスマホ画面を二人でまじまじと見ながら話をする。



もうお気づきだと思うが私と高橋は昨日のカオス合コンが初対面ではない。友梨佳のように異性との距離を近づける天才(←褒め言葉)ではない私は、1年以上前からの付き合いだ。



馴れ初めはというと………なんだろう、なんか恥ずかしいな(照)



(バシッ……)



痛っ…高橋からツッコミが入りました。すみません。



初めて出会ったのは、商工会議所。自治体が主催する街コンとかそういう類のものではなく起業相談会。

会場を見渡すと自分たちより一回り、二回りも年が離れた社会の大先輩ばかりで、場違いなところに来てしまった。と正直、来たことを後悔し早く帰りたくなっていた。


辺りをキョロキョロと見渡していると高橋と目が合った。高橋も同じように少し居心地悪そうで心細くにしながら順番を待っている。


私は、ピンとくるものを感じて、思わず高橋の隣に行き声をかけた。

「あの、ここへ来るのは初めてですか?私、今日が初めてで緊張しちゃって……」


恋愛絡みの異性との距離の詰め方は分からない私だが、バイトもずっと接客業をやっていたし、それなりの社会人スキルはある(はず)だ。




……ん!??

そして今、高橋との出逢いを文字にしていたら驚いた。恋愛マニュアルにも書いてありそうな台詞を、初対面の高橋の元へわざわざ出向いて言っているではないか。


『私、今日が初めてで緊張しちゃって……』

今後の人生で使う機会があるとは思わないが、頭の中に入れておこう。そして、場の雰囲気もあったこと(ここ重要)と私が言ったところで甘い展開にはならず、健全な(?)お付き合いが1年以上続いている。



話が脱線し過ぎて申し訳ない。

そんなわけで、高橋とは志を同じくする起業仲間かつ投資仲間でもあった。業種は違うが、将来、自分の手で事業を立ち上げることを目標に密かに準備を進めている。


そこからは急速に親しくなった。今までのやり取りをご覧いただければ分かるように恋愛感情的な甘い雰囲気は皆無で、むしろ同志を見つけたという強い共感に近いものだった。


資金調達の方法や事業計画書の具体的な記載内容、将来のビジョンやクラウドファンデングするためのプレゼン資料を見せ合って遠慮なく相談し合った。


また、面白いことにお互いテクニカル分析を駆使して株式や為替の売買を行っていた。参考にしているインジケーターが違うこともありがたい。荒い値動きになりそうなときは互いに連絡をしている。今も、土曜日の朝まで動いていたチャート画面を見ながら、今後の戦略について話し合っているのだ。



20代男女が女神さまのコーヒーショップのソファー席で1つのスマホ画面をじっくり見ながらあれこれ話をしているが、イチャついているのではない。決してない。寂しいがそうではない。そして、いつかはそんな場面も味わってみたい……。



私が注視しているのは、高橋のカモシカのような脚でも薄めの髭でもなく、重要指標の際に一瞬で長い髭を作るローソク足だ。一日で2~3円動く時は、思い通りの方向に行くと働くのが馬鹿馬鹿しくなるくらい利益がでることもある。


ギャンブルをしたいわけではないので、高配当かつ安定性のある大型株を主軸に少額を新興市場へ投資している。投資は、起業の際に本業とは別に投資部門も創設しようと思っているためその時の練習でやっている。本業利益が出たら投資部門にプールしておき、本業の調子が悪い時は損失補填や設備投資資金として使う予定だ。


傍から見たらイチャつきカップルに見えるかもしれない私たちは、真剣にお金と将来に向けて起業の計画を進めている。




友梨佳の今までの言動を思い出し、私は心の中で小さく呟いた。


友梨佳先輩、女性で年収2000万円以上の割合って何パーセントか知っていますか?内閣府の発表データによると令和4年度は僅か0.2%だそうです。日本は累進課税制度だから、実際に手元に残る金額はもっと少ないんですよ。テキサス大学の教授の研究では、「美人は生涯で3000万円得をする」という結果が出ているらしいけれど、私はその金額を遥かに超える収益を投資で上げています。


友梨佳先輩は、プレゼントしてもらったバッグを、あたかも自分の価値を示すかのように自慢していたけれど、私は欲しいものは自分で稼いだお金で手に入れますね。


男性だって同じ。先輩がその美貌を武器に世の中を渡り歩こうとするなら、私は知識と、それによって得たお金を武器に経営者や高学歴の人脈を築いていく。

『世の中ね、顔かお金かなのよ』

先輩がよく口にするその言葉を、そっくりそのままお返しします。


だって……逆さにしても『よのなかねかおかおかねかなのよ』でしょ?

あと顔とお金は反比例の関係で、美貌は残念ながら年を取るにつれて劣化していくけれど、知識は積み重ねるほど増えていく。私は、これからどんどん自分の価値を高めていくことができる。そう考えると今から将来が楽しみで仕方ないです。


注文したアイスコーヒーのグラスには、冷たい水滴がたっぷりとついてゆっくりと流れ落ちている。その様子を眺めていると、なんだか昨日の合コンで必死だった友梨佳の冷や汗のように見えてきた。


私は小さく微笑んで、おしぼりでグラスについた水滴を丁寧に拭き取った。そして、一口、アイスコーヒーを味わった。




「それで、来週の決済ポイントだけど……」私は高橋に向き直り再び真剣な表情で話し始めた。私たちの目は未来を見据えている。顔や誰かに与えられたものではなく自分たちの力で切り開く未来を。



fin

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?