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第3話 逆さ

社内一美人の合コンの引き立て役という重大任務を遂行し、達成感……いや、嘘。この体の奥から湧き上がるぐわぁぁと言う感情を消化すべく駅近のバーへ向かう。


向かっている途中、スマホがブルブルと小さく震えているのを感じたけれど、歩きながら見るのは面倒くさい。内容もなんとなく想像がつくため放置した。


「ジントニックください」


いつものカウンターの隅の席に腰掛け、バーテンダーにそう告げる。冷たいジンとライムの香りが、ほんの少しだけざわついた心を落ち着かせてくれる気がした。店内に流れるジャズの音色が心地よかった。

喉の渇きを潤したのち、スマホを開き先ほどのメッセージの返事をする。


(オススメってのは、こういう店で聞くんだよ!!!)


さっきの友梨佳のセリフは、「一緒にする」「合わせる」ことで気があることをアピールするために使ったのだろうが、この時の私は全然分かっていなかった。



しばらくすると、店先の玄関扉が開く音がして控えめなベルがチリンと鳴り、スーツ姿の男性が一人、店に入ってきた。少し辺りを見回した後、私の隣に腰を下ろす。




「ふーーー、長かった。やっと撒いてきた」

そう言って大袈裟に大きく息を吐き出した。


「おつかれさま。あの瞳に落ちないなんてすごいね。女性に興味ないの?」


「ん?ああ、さっきの飲み会のこと?いや、あれはちょっとね……自分が美人だって自覚しすぎている人には、あんまり興味ないんだよね。付き合ったら色々と大変そうだなって」


皮肉交じりに声をかけると、少し苦笑いをしてから高橋は答えた。彼の率直な言葉に私は思わずクスッと笑ってしまった。


「あながち間違えではないと思うよ」


「抜け出してきたの?」

私が尋ねると高橋はホッとしたような笑顔を見せた。


「うん。面倒になってきちゃって。それに真希も何も言わずに帰るからさ。おいっ!!!と思ってすぐ連絡しちゃったよ。なんか飲みなおしたくて。」


「私も。飲み足りなくて、連絡もそうかな?と思ったけど、こんなに早く合流できるとは思ってなかった。」


「俺、今日ほんっとうに疲れたの。あのまま帰るのもなんだか釈然としなくて」

高橋は遠い目をしながら勢いよくジントニックを飲んだ。


「ほんとあの場はちょっと特殊だったよね」

私も思い出し苦笑しながらジントニックをもう一口飲む。


「お互い、お疲れ様」

「うん、お疲れ様」


慰労会なのだろうか、バーの薄暗い照明の下で軽くグラスを合わせ、私たちはいつものように気兼ねなく言葉を交わし始めた。


「ジントニック、もう一杯いいですか?」

「僕は、バーボンソーダをお願いします」

バーテンダーに声をかけると高橋も続いた。


新しい飲み物が運ばれてくるまでの間、さっきの合コンの状況を振り返り笑い合った。友梨佳の積極的なアプローチや、周りの男性たちの反応など客観的に見るとなかなか面白い光景だった。プレミアム席で傍観していたことを話すと「なんだよそれ。楽しむなよ。」と高橋からツッコミが入る。


「あれだけ美人だと、やっぱりモテるんだろうね」

高橋が少し感心したように言う。


「まあね。でも百戦錬磨に見えるあの人でも高橋のように興味を持たない人もいるんだ。あんな美人に気に入られるなんてもうないかもしれないよ?チャンス逃したかもよ!?」

私は大袈裟に茶化す。


「俺はいい。こうやって自然体で話せて色んな話題が出来る人がいいんだよ。」



ここで私が高橋に好意を持っていたら、この日最大、いや人生最大のキュンポイントで、帰り際にシャツの袖を少し掴んで上目遣いで『帰りたくない……』とか言ったかもしれないが(←嘘)残念ながらそんな関係じゃないんだよな。


そして、もし好意があっても『帰りたくない』なんて口が裂けても言えない。と言うか芋女が言ったところで、『歩きでもタクシーでも使って帰れよばーか。』と言われるのがオチだろう。高橋に限ってそんな言い方はしないだろうが、マンガ喫茶でも勧められるだろう。


え、なに?あのピンクのネオンのお部屋はどういう展開になったら入るの。帰りたくないと上手に言えた人だけ入れる部屋?それともあそこって入場券とかあるの?




新しい飲み物が運ばれてきて、私たちは再びグラスを傾けた。ジャズのメロディーが二人の間に流れる静かな時間を優しく包み込んでいる。

その静寂な時間を時折邪魔するバイブ音。高橋のスマホが時折震えている。


「二次会来るようにって連絡じゃないの?」

「ああ、さっきから何件か届いてる。」

私が尋ねると高橋はスマホを取り出して画面を見せた。


そこには友梨佳からの「今どこかな?」「高橋さんともっとお話し出来たら嬉しいな」「いつ来れる?」「大丈夫?」「調子悪いなら迎えに行くよ?」など猛烈なアプローチが続いている。


「高橋さん、大丈夫?」頑張って少し高めの声で言ってみたが「おいっ」と肩をはたかれた。


そうなのよ、これが美人との差なんだよ。ボケにしか聞こえないのよ。べ、べ、別に悲観なんかしていないんだからね!!!


「行くの?」

冗談めかして聞くと高橋は顔をしかめて首を横に振った。


「ヤダ。今日はもうゆっくりしたい。真希が一緒に行くなら行ってもいいよw」

「ぜっっったい、いや!!!」

「だよな」

お互いに苦笑交じりに顔を見合わせた。


あのカオスな合コンは二度と参加したくなかったが、こうして高橋と二人で飲みなおせたので気分は軽くなっていた。


「真希さ、空いてる日ある?また近いうちにゆっくり会おうよ」

「うん、そうだね。あの話も進展あったから話したかったんだよね」

「マジで?聞きたい。また連絡するわ」


グラスに残ったジントニックを飲み干しながら私が言うと高橋も笑顔で頷き、店を後にした。

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