金曜日の夜、待ち合わせの店に足を踏み入れると友梨佳はすでにそこにいた。
いつも以上に丁寧に施されたメイク、適度にスタイルの良さが分かるニットの服。スポットライトを浴びているかのように、肌は微かに輝き近づくたびに甘く魅惑的な香りが漂ってくる。合コンの場にふさわしい華やかで隙のない出で立ち。それを見た瞬間、今日の友梨佳の意気込みが嫌でも伝わってきた。
(ああ、やっぱり今日この人は本気だ……。めちゃくちゃ肌光ってる。入念にボディクリームを塗ってきたのだろうな……。)
そう思った瞬間、本気度に少し引いたのと気が重くなった。今日の飲み会が、ただの親睦会ではないことは昨日の時点で分かりきっていた。全奢りは出来ないが自分の会費だけ払い、回れ右しようかとも思ったが仕方なく席に座る。
少し遅れてお目当てのT社の男性陣がぞろぞろとやってきた。
彼らが席に着くや否や、その視線は一斉に友梨佳に集中した。
……当然だろう。あの美貌はどこにいても人の目を引く。そして友梨佳以外の参加者といえば、年齢不詳のお姉さま2名とメイクを頑張ればどうにかなるかもしれない芋女(私)だ。
男性陣は店に入って僅かコンマ数秒で獲物に狙いを定める。もう本当ね、タイマーで計ってほしかったくらい速かった。本当に速かった。陸上部のスタート練習かなって思うくらい速かった。
そして、競って友梨佳に話しかけ始める。今日の相手は大手製薬会社の陸上部所属かなと思ったが、見るからに違う体型の人もいたのでこれ以上は言わないでおこう。
「友梨佳ちゃんってすっごく可愛いねー。本当に彼氏いないの?モテるでしょ?」
「ほんと、目を引く美人ってまさに友梨佳ちゃんのことでしょ」
別の男性も、得意げにそう言って友梨佳を持ち上げる。
「そんなことないですよぉ」
友梨佳はいつものように謙遜してみせるけれど、その口元は明らかに緩んでいる。目はキラキラと輝き、まんざらでもないといった表情だ。
「今、彼氏いなくて……。一緒にいて楽しい人と付き合えたらいいな」
その言葉を聞いた瞬間、男性陣の顔がパッと明るくなったのが隅に座っている私からでもよく見えた。
(はいはい……)
『世の中、顔かお金』と豪語していたモテの教祖は、男性陣の前では『一緒にいて楽しい人がいい』と世間一般的で当たり障りも嫌な印象を与えることもしない台詞を言い、笑顔を振りまく。心の中で私は冷めた目をして聞いていた。
飲み物が運ばれてくると友梨佳は率先して動き出した。
「高橋さん、おかわり頼みますか?メニューどうぞ」
今日来たメンバーの中で、一番若くて控えめそうな高橋という男性に、両手で丁寧にメニュー表を差し出す。その後も、他の男性にも笑顔を振りまき気を配っている様子は見せるものの、最初に声をかけ何かと世話を焼くのは決まって高橋だった。
(今日の狙いは、高橋ってわけか……)
私は、そんな友梨佳のあからさまな行動を遠巻きで観賞するため、一番隅で照明も暗く目立たないが全体を見渡せる席を確保した。コンサートなら安い席かもしれないが別に近くで見たいわけではないので十分だ。
いや、なんなら話しかけらる確率も減って、外野を気にせず楽しめるからプレミアム席かもしれない。野球場でいうなら得点表示盤下のガラス張りで空調完璧でセレブが集うVIPルームかも!!!!
……ええ、言い過ぎました。プレミアム席でも何でもないです。
週末金曜に無駄な会費払って合コンの引き立て役やっている自分への慰めです。
くそっ、こんなことなら”メイク頑張ればどうにかなると慰められた芋女(26)合コンの引き立て役に出動!!頑張ります☆”とか足元だけ写真撮ってXでポストしておけば良かった。いや、そもそもアカウント持ってないけど。
「友梨佳ちゃん、高橋を気遣って話しかけてくれたの?本当に気が利くねー」
「メニュー表もすぐにみんなに差し出してくれるし、本当に女子力高いよね」
隣に座っていたT社の少し偉そうな先輩らしき男性が感心したように言う。別の男性も友梨佳の行動を褒め称える。でも、男性たちの言葉も、友梨佳の行動も、どこか計算のような下心が見え隠れしているように感じるのは私の心が歪んでいるからだろうか。
「えへへ、そんなことないです。でも、嬉しいな。ありがとうございます」
友梨佳はいつものように照れたように笑う。満面の笑みでそう返す友梨佳は、確かに可愛い。あれだけの美貌と愛嬌があれば、男性が簡単に落ちてしまうのも無理はないのかもしれない。
☆
隣の席のお姉さまと仕事の話や最近あった面白い出来事などを話しながら、表面上は楽しんでいるように見せかけた。
一方、友梨佳が熱心に話しかける高橋は、先輩たちが友梨佳と話せるように必要最低限の返事や相槌を打つだけで積極的に会話を広げようとはしない。
そんな高橋の控えめな態度が、逆に友梨佳の狩猟本能を刺激したのかもしれない。
「高橋さん何かオススメとかあります?次、一緒の飲みたいなと思って。」
友梨佳は他の男性たちとの会話が一段落すると、すかさず高橋にターゲットを絞った。あの甘い声と少し体を傾ける仕草はまさに計算されているかのようだ。
(いやいやいや、オススメって。チェーンの居酒屋の飲み放題だからそんな目新しいものないし飲んだことあるだろ。というかサワーやカクテルとかの割る系なら大体割ったものの味しかしないよ!!!)
友梨佳の甘い攻撃に、高橋は全く反応せず店に入ってきた時と変わらない態度で、笑顔ではいるが照れた様子や他の男性陣のような下心的なものも感じず、一定の距離を保って接している。舞い上がる様子を見せない高橋に感心し目をやると一瞬視線が合った気がしたが、気にせず目の前のハイボールと野菜の肉巻きに集中した。
結局、名ばかりの合同コンパは参加者たちの合同感など一切感じられず、友梨佳の独断場でT社の男性の交流会の場になった。他の女性社員たちは、完全に蚊帳の外。スマホをいじったり、小声で話したりしている。私も特に誰かと深い話をするわけでもなく、切り上げて帰ろうかと思ったが、いい理由も見つからず変に目立ちたくもなかったのでただ時間が過ぎるのを待っていた。
時間になると、待ってましたと言わんばかりにその場を去るお姉さまたち。店の前で友梨佳がまだT社の男性たちと楽しそうに話しているのが見える。
「この後、もう一軒行こうよ」
案の定、誰かが友梨佳を誘っている。T社の参加者は4人なのに、この時点で私は友梨佳が狙う高橋以外の名前は忘れていた。店の前にはちょうど宴会が終わった他の団体もいたため、正面から見ても今日の参加者は分からないだろう。
覚えていることと言ったら、焼き鳥に塩がかかりすぎてしょっぱかったことと、冷めて串からなかなか離れないのに腹が立ったことくらい。
(はははっ、引き立て役をしっかり勤め上げたぜ!くそぉーーー!!!!いや、ここはチクショーーーー!!!!か。)
頭の中で小太鼓片手にチャンチャカやっているコウメ太夫がお馴染みのセリフを口にする。
「あの、高橋さんは行かれますか?」
友梨佳はそう言って高橋に近づき少し上目遣いで彼の顔を見つめた。潤んだ瞳と少し開いた唇は映画のワンシーンのようだ。
「あ、僕は遠慮しようかな……」
「ええー。高橋さんがいないとつまらないです。もっとお話したいな」
友梨佳はさらに距離を詰め、あからさまに甘えた声でそう言った。その積極的なアプローチに驚きを通り越して呆れてしまう。
(よくあんな大胆なこと出来るな。……そうか!!自信があるから出来るのか!あと美人だから許されるのか!!)
人前で上目遣いで唇尖らすなんて罰ゲームだろ!?と恋愛偏差値の低い私は恥ずかしくて出来ないことも「おはよう」の挨拶くらい簡単にやってのける友梨佳をプロだと思った。え?一応、褒めているよ。うん。なんのプロか分からないし、適当だけど。
恋愛マニュアルを映像化したような上目遣いに甘えた声で誘う友梨佳だったが、さすが美人がやると絵になる。そして、男性が落ちるのも理解できるし無理はない。普段女性と縁がない職業や生活をしている人だったら、友梨佳が手の上で転がすのも簡単なんだろうな。と冷静に分析してしまう自分がいた。
そんな光景を横目で見ながら、誰にも気づかれないようにそっとその場を後にした。
(うーーん。なんか、どうにもこうにも飲み足りない。もう一杯飲もう……)