橡様の屋敷で神使たちに迎えられた後、俺は広間でしばらく休ませてもらった。
畳の上に座っていると、さっきまでの緊張がふっと和らいで、ようやく少し落ち着いた気がする。
――けれど、ここが神域で、俺が「神嫁」としてここにいるという事実は、まだ飲み込めていない。
神嫁って何をするんだろうか……。
俺は男だし、選ばれる可能性なんて万に一つも考えていなかったので──そもそも神嫁選びにも出ていないし……──神嫁候補の教育も受けていない。
俺がもだもだと考えていると、
「長くん、少し疲れたんじゃないかな?」
橡様が優しく声をかけてくる。すっと差し出された湯呑みには、見たことのない香りのするお茶が入っていた。
「……ありがとうございます」
礼を言って口をつけると、不思議と体の緊張が解けるような、柔らかな甘みが広がった。
「このお茶は、神域に慣れるためのものだよ。母にね、煎じてもらったんだ。人間の体に負担がかからないようにね」
橡様の言葉に驚いて顔を上げると、彼は穏やかに微笑んでいる。その姿には、どこまでも優しさと温かさが感じられた。
「今夜は儀式を行うから、長くんもゆっくりしておいてね」
「……儀式?」
「そう、僕と君の──契りの儀式だよ」
橡様はあくまでも穏やかな口調でそう言うけれど、俺は一瞬、息が止まった。
「ちょ、ちょっと待ってください! 契りって……いや、えっと、どういう……」
契りって……まって、あの、契りだろうか。男女における閨事……?
……え、その……まぐわい、ってこと……?
いやいやいやいや⁈まてまてまてまて!決めつけはよくない!良くない!
何しろ相手は神様だ!契りっていうのは違うことかもしれないだろう!
「あの、えっと……契りと言うのはその、ですね……」
「ああ。閨事のことだよ」
「ひぇ……」
まずい。あたってた。俺、当たってた。
……神様がご乱心してらっしゃる……。だって、俺……男だよ?
武家のお人とかはそういうこともあるとは思うけど……ザ・村人……。
衆道は禁事ではないけども!けども……!
鯉のように口をぱくぱくとさせていると、
「ふふ、大丈夫。何も怖いことはしないから」
橡様は笑いながら俺の頭を撫でた。
あー----!助けて、神様---ー!
……この人、神様だわ……。