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19.リンドン4

「おかしなことになっているね?」


一歩室内へと歩を進めたキースが首を傾げた。

笑顔ではあるが、明らかに目が笑っていない。どころか、醸し出す空気がとにかくまずい。びりびりとする、と言えばいいのか。威圧感があるというか……。

デリカート侯爵家は俺が立ち回った努力もあって非常に仲がいい。親子関係も円満だし、兄弟関係もそりゃあ、いい。特にリアムに対する過保護さはちょっと域を超えているくらいだ。出かけるときは家族の誰かが用事がなければ同伴するという暗黙のルールが出来上がるくらいには。

なのでリンドンの行為は、キースにとって保護すべき兄弟が今まさに危機であるという地雷も踏み抜いているし、ここが王立学園であり教師という立場からしても同じように許せるものじゃないだろう。

さすがのリンドンも、状況に狼狽えているのか、じっとキースを見ている。


はははははは…………まっず。


リンドンから犯されるという事態は免れたが、今度は家族会議満場一致(俺をぬいた)外に出してもらえなくなりそうなんだが?

ほんっと、レジナルドと言い、こいつと言い、俺の日常を壊そうとしてくれるよなー!

ただでさえ、先日のレジナルドとの噂のせいで、過保護に拍車のかかった両親の命令により登下校は完全にキースと同伴になっている。次に危ない目にあったら──王太子を危険物扱いだものな、貴族としては異質すぎんだろ──『お家で家庭教師生活』のはじまりだと聞かされてるんだよ、俺はよおお……!学園生活は攻略対象者さえどうにかできれば、それなりに楽しい面もあるので、阻止したいところである。


「リンドン・パストラーレ」


氷点下もびっくりするほど冷たい声がキースから響いた。

ああ、うん。これはもう……ええい!仕方がない!

俺はキースに圧倒され身を固めたままのリンドンの肩を片手で鷲掴む。そこを起点としてどうにか身体を起こして、もう一方の手でリンドンの二の腕を叩いた。


「ありがとう!リンドン!」


俺はできるだけ、演技にならないように気を遣いながら大きな声を上げる。

その声にリンドンが我に返り、俺を見た。


「僕の我儘を聞いて水の魔法を見せてくれてくれて!」


キースも俺の方を見ている。俺はキースに向かって、にこ、と笑って見せる。


「ねえ、兄様。凄いんですよ、リンドン。無詠唱でこれができるんです。でも、僕……上を見上げた時によろけちゃって。ちょうど、起こしてもらうところだったんです」


俺はリンドンを押しのけて、キースのところへと向かう。

隣に立ち、子供のころのようにキースの片手を両手で取った。



「今日はこれで終わりみたいなんで、兄様、帰りましょう。ね?僕、甘いもの食べたいです」


キースを見上げながら、可愛さを出し惜しみせず、甘えるように俺は取った手を引く。

我ながら可愛い子ぶりっこもなかなかにきつい。容姿が良いのが何とか救いだが、この言い訳だって苦しいったら。おっふ……もう俺のライフはゼロを突破してマイナスですわ……ただここで諦めたら試合は終了なわけで。

ね?と再度俺が言うと、キースは一度リンドンを見遣ってから、俺へと視線を戻して空いている手で俺の頭をくしゃりと撫でた。


「……わかったよ。僕もこれで終わりだから、リアムが寄りたいところに付き合おう」


大きく息を吸った後に肩を落すが如く息を這い出して、キースはいつもの笑顔に戻る。

全容でないにしろただならぬことになっていたのは、キースにだってわかっているだろう。けれど、今はどうにか呑み込んでくれたらしい。

俺は内心ほっとしつつリンドンを振り返り、


「じゃあね!リンドン!また明日!」


兄の手を引きながら、足早にその場を後にする。

帰りに立ち寄ったカフェでケーキを啄んでいた時、めちゃくちゃ笑顔の兄から「次はないからね」と言われ、咽た。



「やあ、リアム」


次の日。教室を移動しているときに、リンドンが軽快な声で俺の元に寄ってきた。

昨日の今日でこれなリンドンには溜息しか出ない。俺はそれを隠すこともせずに、どうも、と返す。


「……懲りないね、君も」


歩みを止めず、俺はリンドンを見る。

その顔は悪びれもせず、俺と目が合うと笑んだ。


「いやいや。昨日はさすがに肝が冷えたよ。凄いね、キース先生。殺されるかと思った」


肩を竦めて、リンドンは言うが、やはりその素振りに反省は窺えない。

ちょっとは懲りろよ、お前さぁ……俺は溜息を吐いて、ああそう、とだけ返事をした。

リンドンは冷たいなぁ、と笑う。

自分を犯そうとした人間に優しくできるやつってどんな奴か教えてほしいよ……俺のこの対応もさして事が進んでなかったからこそ、プラスでキースが現れたからこそであって、俺にしてもだいぶん神だと思うね。


「あ!リアム!待ってよ!!昨日も置いて帰ったでしょ!!」


俺とリンドンを追いかけるようにノエルが駆け寄ってくる。

学園に登校してノエルから聞いた話だと、キースが呼びに来て俺は急用で帰ったような話になっていた。……まあ、いいけど。俺がああいう風に持っていった以上、そういう判断が懸命だとは思うし。


「さっきまでそこで待ってたけど、ノエル、遅いから……」

「遅くないし!あれ?次の授業ってリンドンも一緒だっけ?」


俺の隣にいたリンドンを見てノエルは不思議そうに聞いた。こいつが一緒だったことねーだろ、ノエルよ。俺が口を開こうとすると、


「いいや。リアムを見かけたからね。頑張って口説こうと思って」


リンドンが先にそう口を開いた。

うっわ……まだそういうこと言うか、お前。本当にさぁ……。俺は溜息をもう一つ吐く。


「そういうの、いい加減にした方がいいと思うけどね。さ、いくよ」


ノエルの肩を軽く叩いて先に進むように促す。セオドアが先に行ってて良かったよ。あいつちょっと、キース側なんだよな……心配してくれてるんだろうけど。


「えー、本気なんだけどね」


少し後ろでリンドンが残念そうにそう言った。

はーん?好きに言ってろ。

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