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16.リンドン1

「ノエル、結婚しよう……!」


昼休みに、パンを頬張るノエルの片手を取って、俺は詰め寄った。

セオドアがその横で、ぶは、と飲んでいた珈琲を吹き出す。あ、ちょっと。俺の制服に珈琲かかってないだろうな⁈染み抜き大変なんだぞ⁈──余談だが、この世界は中世っぽい設定なのだが、ス〇バっぽいカフェはあって、陶器製のカップで提供にはなるがテイクアウトの珈琲や紅茶があったりする。学園の所々に回収ワゴンがあり、飲み終わったカップはそこへ返せばいい──

ノエルはもぐもぐとゆっくり咀嚼をして飲み込んだ後、


「ナイジェルがいるから無理かなー」


にこ、と笑うとまたパンを頬張る。

ですよね!知ってた!


「ふぉもふぉも、リアム、ふぉくはこのみじゃないでひょ」


なんて?いや、なんとなくは分かったけれども!

俺はノエルの手を離して、溜息をつく。セオドアはまだちょっと咳き込んでいるようだ。

俺は手を伸ばして、その背をさする。

相変わらず俺たちは昼休みになると三人で昼食をとることが多い。誰かが用事があれば二人になったりもするが、いつメンというやつだ。

今日も天気が良いので、芝生の上に円陣を組むように座っていた。


「セオ、大丈夫?」


俺がセオドアを覗き込むと、セオドアはゆっくり息を吐いて頷いた。


「いきなり求婚劇がはじまってちょっとびっくりした……」


なるほど。意外と真面目だな。……いや、セオドアは口調こそ砕けているが基本は真面目な奴だ。そこそこ正義感も強かったりするので、ゲーム中でのセオドアの行為はリアムに引きずられたり命令されていたりしたが故だろう。

俺のせいでむせている友人の背を撫でつつも、俺はもう一つ溜息を吐く。


「いや、だって……レジナルド様との噂が……」


あー、といったように二人は頷いた。

先日の『おでこにちゅう』事件から、とにかく俺とレジナルド、そしてディマスの噂で持ちきりだ。


『レジナルド様はリアム様を王太子妃に考えていらっしゃる』とか

『ディマス様は王族の地位を捨てて侯爵家に……⁈』とか


……言い方は違えど基本的にはこの内容。おかしくね?俺を解けて噂がたってもいいじゃん⁈ディマスとレジナルドとかでさぁ!よほどお似合いだろ。金銀でめでたい色合いだし。

そして最悪なことにそんな中ででも、ディマスはしげしげと俺の元に通ってくるわけで……ディマスって噂が耳に入らないのか。それとも自分のいいように改変されていくのか……それにしたって皆、それなりに会話が聞こえているはずなのに、おかしな方向へと修正されていく。

レジナルドはレジナルドで噂を否定してくれればいいものを、面白がってかはぐらかしてあの顔面偏差値馬鹿高なお顔に笑みを浮かべるだけ……だとか。

なんだかなぁ……本当におかしな事態になりつつある。本来の俺は悪役令息という立場にあるが、今の俺はノエルを虐めるどころか仲が良い。ここから生じるズレはそりゃあるにしろ、どうして俺が主役ポジみたいなことになる⁈

以前にノエルが言っていたことが当たっているということなのか……しかし主役ポジと言ってもいきなり聖属性の魔法に目覚める気配はやはりない。


「リ、リア……!それなら俺と……!」

「やあ、こんにちは」


セオドアと声を重ねて現れたのは、リンドン・パストラーレだった。

俺たちと同い年ではあるが、俺たちより少し先に生徒会に入っていた人物で、お茶会にいたメンバーであり、攻略対象者だ。リアムを性奴隷化して飼い殺しとかえっぐいエンドをかましてくる奴でもある。

セオドアの背から手を引かせながら、俺は、こんにちは、と返す。ノエルとセオドアもそれぞれに挨拶をした。……挨拶をしたセオドアが少しリンドンを睨んだように見えたが……まあ、気のせいかもしれない。


「三人とも仲がいいんだねぇ……ねえ、僕もいれてよ」


リンドンはにこ、と人懐こい笑みを浮かべた。

リンドンは攻略対象者の中で言えばショタ枠というか弟枠というか……そういう扱いなので、顔も格好いいというよりは可愛い系だ。股間に余計なものがついている奴なので、俺は興味ないが。



「どうぞ」


面と向かって嫌うわけにも省くわけにもいかないので、俺は少し場所をずれて、セオドアとの間にリンドンが座れそうなスペースを作る。

リンドンは、ありがとう、と言いながらそこに座った。


「あまり生徒会以外ではクラスも違うし、お喋りをすることもないからね。ここに混ざれて嬉しいなぁ」


リンドンが俺たちを見回した後にそう言った。

嫌味な言葉ではなく、本当にそう思っているような声音ではあるが……。


「もうお昼は済んだ……んですか?」


どうもこいつに話しかけるときは言葉遣いに迷ってしまう。

リンドンは俺の問いかけに小さく笑って、


「僕たちは同い年だし、気軽に話してくれていいよ。僕もそうするし。君たちのことも名前で呼んでいいかな?」


と首を傾げ、リンドンは再度、俺たちに視線を巡らした。

正直、仲良くなりたいわけじゃないが……今の雰囲気でそれを主張するにはあまりにも空気が読めてないだろうなぁ……俺が、もちろん、と頷けば二人も笑みを浮かべて頷いた。ノエルはパンを食べながらだが。え、それいつまで……つか、何個目?


「ノエルは結構マイペースなんだね」


ハムスターのようにパンを頬張ったままのノエルに、リンドンはまた笑う。

そして、そういえばさ、と前置きをして俺を見た。


「レジナルド先輩と随分噂になってるけど、真相ってどうなの?」


問いかけに、俺は数度目かの溜息を吐いた。こう溜息ばかりを吐くんじゃ、幸せが光速で逃げそうだわ……。


「レジナルド先輩とは何でもないですよ……僕をからかっていらっしゃるんだと思います」


最低限失礼がないように俺がそう述べると、リンドンが反対に首を傾げた。


「へー……じゃあ、ノエル自身は王太子妃とかなりたくない感じかな?」


スペンサーにしてもそうだが、そんなに王太子妃って狙わなきゃならんのだろうか。侯爵家にとっても名誉なことには違いないだろうが、世の中の妙齢男女貴族全員が狙ってるわけじゃないと思うんだよな。セオドアとかもそんな気はなさそうだし。


「ないですよ。僕にはもったいないお話なので」


ねーーーーよ!とか叫んでやりたい気持ちを抑えて俺がそう返すと、ふうん、とリンドンがまた首を傾げた。じゃあさ、と言葉を繋げる。


「僕と結婚しようよ、リアム」


にこにこと愛らしい笑みを浮かべ、リンドンは俺の顔を覗き込んだ。

セオドアが持っていた珈琲を今度は落として、うわ、と叫び声があがる。

…………俺、今、求婚されてますかね……?

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