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14.スペンサー

「先ほどは災難だったな」


俺へ書類を手渡しながら、スペンサーが申し訳なさそうに言った。

今はもう放課後で、スペンサーの書類整理を手伝うために生徒会室に俺はいた。

部屋の中には俺とスペンサーだけで、ノエルを含め他の人間は出払っている。

先ほど、というのはディマスのことだろう。


「あー……まあ、大丈夫です、よ」


このところの色々を思い出すと、言葉がすっとは出てこない。

が、スペンサーが悪いというわけじゃない。そりゃスペンサーが後ろで糸を引いていれば別だが、そういうものでもないし、ここで俺が文句を言っても仕方ない話だ。


しかし、謎である。


ディマスがレジナルド狙いなのは、誰が見ても……わかる。

レジナルドは王太子だし、馬鹿ではないし、容姿も悪くない。

俺としては攻略対象者がさっさと片付くのは大いに大歓迎なので、ディマスとくっついて頂ければこれ以上のことはない。ディマス様万歳だ。

なので絡まれ始めは、自分はレジナルド先輩とはただの上級生と下級生の関係であって、それ以上でも以下でもない……それを丁寧に何度も伝えたのだが……。


『そうやって姑息な手段を使うつもりだな?汚い奴だ』


と返されて今に至る。え、もう意味が分からん。

さっさと俺が婚約者とか決めれば……ああ!それもいいかもしれない!!父に言って可愛い女子を見繕ってもらえばいいのでは?!

俺が明後日な考えをしていると、ふう、とスペンサーがため息をついた。


「ディマス殿下も悪い人間ではないんだが……」

「あれ?先輩もお知り合いなんですか?」

「幼いころにこちらに来られていてな……その頃に交流があってね」


なるほど。幼いころからの知り合い……もう設定ががんがんと上書きされていくので、溜息ものだ。ここがゲームの世界であっても人が営んでいるからにはそれなりに歴史があって、全てが設定通りにはいかないということなんだろうけど。


「じゃあ、ディマス様はずっとレジナルド先輩がお好きなんですかね?」

「……まあ、そうは見えるな。あちらの国から正式な申し込みはまだないが、時間の問題かもしれないな」


お、いいじゃないか。さっさと決めてくれたら、俺の憂慮も減る。


「ディマス様もお美しい人ですから、お似合いのお二人ですね」


俺がそう言うと、スペンサーは驚いた顔をした。


「君は……王太子妃という立場に興味はないのか?」


俺、男ですよ?!と返しそうになったが、ここはボーイズが以下略な世界だ。

だからこそ、ディマスもレジナルドを狙っているわけで。

性別が関係なくなれば高位貴族の一員である俺がその座を狙っていてもおかしくない。

というより、侯爵家の繁栄を考えるならば俺がレジナルドの妃になって、子を産めばデリカート侯爵家は外戚となるし。本筋のデリカート家はそこを狙っていたのだと思う。

ただ、今の父と母はそんなことは言わないし……むしろ仲の良い二人に至っては、好きな人と、と常々言っているくらいだ。

貴族としては変わっているのだろうが、許されているし、俺もその気でいる。


「そうですね。僕には過ぎた身分ですし、恐れ多いというか……それに、恋愛結婚に憧れがあって」


ないですね!!結構です!!とはっきり言いたいが、流石にそれは不敬かもしれない。方向が変わっているとはいえ、リアムさんという雌堕ちフラグを持つ立場としてはそうそう気が抜けないのだ。言葉を選びながら、最後には照れたような笑みをつける。

スペンサーは、やはり驚いているようで、


「そうか……私はてっきり、君もそうだと思っていたが……おっと」


そんな風に言いながらだったからか、スペンサーの手が数枚の書類を取り逃がした。

ひらひらと一枚が俺の足元に落ちてきて落ちたので、屈んで拾うと──それは書類ではなく、一枚の絵、だった。

スケッチのようだが、のびやかな線で景色が描かれていた。ところどころに蝶が飛んでおり、色がないのにまるで今にも動き出しそうで、素人目でもその絵が素晴らしいとわかる。


「これ……」


拾った紙を俺が見つめていると、慌ててスペンサーが立ち上がり俺のもとに近寄り、その紙をすっと取った。

そうか、そういえばスペンサーは実は画家になりたいとかそういう裏設定があって、そこへのアプローチを行うことでルートが変わるんだったか……?


「すまない」

「いえ。ええと、それって……」

「ああ……それ以上は言ってくれるな。恥ずかしいものを見せてしまったな」


照れた苦笑でスペンサーはその紙を二つ折りにしようとした──ので、今度は俺が慌ててスペンサーからその紙を奪い取る。


「駄目ですよ!折っちゃ!!勿体ない……!!」


俺は前世もオタクで、それは所謂サブカルチャーという方面に向いており、絵は好きなものの、美術に明るいわけではない。ただそんな俺でもスペンサーが描いたであろうその絵が折られるのは嫌だと思うくらいに良いものだ。すると、またもやスペンサーは驚きに顔色を変えた。


「……勿体ない……」


呟きを落とす。


「そうですよ。これ、すごくいい絵だと思います。今にも蝶が飛びそうで……色がついたらもっと素敵でしょうね」


思うままに俺はそう言った。

俺はそこまで不器用ではないが、絵はからきしだ。

リアムという生になってもそれは相変わらずで、猫を描けば新種の化け物を誕生させる腕前である。リアム画伯様とは俺のことよ……ははは……。

あ、でもあまり褒めてもどうなのだろうか……俺はノエルではないが、どうも役割によくわからない補正がかかりはじめている。いや、でも嫌われるよりはいいのかもしれない。リアムは嫌われることによって、あのルートにまっしぐらだ。

攻略しないように気を付けつつ、嫌われないようにしつつ……がいいのかもな。


「先輩が描いたんですよね?僕は絵がすごーく下手なんですよ。だから羨ましいです」


続けて言う。スペンサーは自分の絵を一度見てから、また俺に視線を向けた。


「……絵などくだらない、だろう?」

「くだらない?どうしてですか?先輩は絵が好きで描いてるんですよね?」

「いや……まあ、そうではあるんだ、が……」


俺は懸命に設定を思い出す。確かスペンサーは画家になりたいが家督を継ぐこともあって諦めなければいけないとかそういうのだった気がする。ええと、なんだっけ……細かいこと、忘れてるな、俺……まあ、いいか。多分後押しっぽいことを怒られない程度ですりゃいいんだろ。きっと。


「先輩はいつかお父上でいらっしゃる宰相様の後を継いで、その地位に就きたいんですよね?」


この国の宰相職は世襲制ではないものの、才能があれば自分の子を指名しても問題ない。俺が知っている未来では継ぐことになっていたと思うし、本人もそれを考えて行動していたはずだ。だが画家になる夢も諦めきれず……と。ならば、と俺は思う。


「画家で宰相様とか凄いですね。レジナルド先輩の肖像画は先輩が描いたら素敵じゃないです?」


無邪気を装って俺が提案すると、


「画家で、宰相……」


スペンサーが呟く。

どっちか、という縛りは誰が決めたか知らないが、別に宰相が画家をしてはいけないとか、副業禁止とかそんな法律はこの世界にない。二足のわらじを履くのはそりゃぁ大変だろうが、やってみなきゃわからないし、仕事の配分を考えないといけないものの、出来ないことではないだろう。スペンサーは優秀っぽいし。変態だけどな。


「その絵、僕が貰ってもいいですか?」


スペンサーから取り上げられた絵を指さす。

スペンサーは少しの間じっと考えた後に、ふ、と笑った。


「いや、駄目だ」


首を横に振った。そして、片手で俺の頭を軽く撫でる。


「色を付けたら、君に進呈しよう。それでどうかな?」


撫でていた手を退かし、スペンサーは首を傾げた。

そりゃ色まで塗ってくれるなら嬉しいものだ。猫を被ってはいるが、絵に対する気持ちは本当だ。


「嬉しいです。楽しみに待っています。……と、僕はこの書類を職員室に持って行ってきます」


提案に頷き、ふと自分の仕事を思い出した。

そうだそうだ。俺はこの書類を持っていかねばならんかったのだ。あっぶね。

スペンサーは、頼む、と俺に告げ自分が先ほどまで座っていた席へと戻る。俺は書類を持って職員室へ向かうべく扉へと向かった。



「リアム・デリカート……ありがとう」

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