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11.ナイジェル

「あんなキャラいたっけ……?」


侯爵家の自室に入るなり、俺は一緒にいるノエルへと目を向ける。

ノエルは肩を竦めて首を振った。

あの衝撃的な出来事のあと、ノエルと俺の二人で話し合いを行うことになったものの、学園内では何かと聞かれては困る内容もあるので、ノエルを侯爵邸に誘ったのだ。ナイジェルのこともあって、ノエルは二つ返事だった。

帰りの馬車内はキースも一緒だったので、話し合うことが出来ず、今である。


「うーん……まあ、忘れてることもあるとは思うけど、私は結構やりこんだし設定資料集も持ってたんだけど、いなかったと思うんだよね。少なくとも私は知らないしね」


俺が座るように促したソファに座りつつ、ノエルがため息を吐いた。

だよなぁ……俺は恐らくノエルほど詳しくないが、やはりあの人物については見覚えがない。

本来は向かいに座るのが礼儀かもしれないが、大きな声で話すことではないということもあり、少し間を空けて、ノエルの隣に俺も座る。


「ディマス・グラーベねぇ……なんというか、あれ……」

「リアきゅんにライバル心ばりばりだったねーレジナルド狙いなのかな?あれ。そういえばリアきゅんの生徒会入りもおかしいよねぇ」

「そうだよなぁ……」


うまく俺の言葉を繋ぐノエルに頷く。あのお茶会での席から始まり、試験結果に今回の生徒会入り……色々と方向が違ってきていて混乱しきりだ。運命を変えるために周囲を変えてきたのは俺自身だが、学園内ではやはりノエルが主役なこともあり、俺の立ち位置がこうまで変わるとは予測していなかった。モブになりたいな、という願いはあったがこれじゃあまるで逆の目立ち方だ。


「ディマスって、もろゲームの中のリアきゅんだよね。悪役令息。ということは、今の主役ってリアきゅん?」

「ええ、それはないだろう……僕は聖属性の力は持っていないし」

「うーん……」


『ノエル』というゲームにおいて、この聖属性という力はアクセサリーではない。

実はこの世界には魔界というものが存在し、魔物もいる。ただそれは平常時に姿を現すことはなく、特別な時期にしか出現しないのだ。その時期をこの世界では『暁の刻』と呼んでいた。

数十年から数百年におこる厄災で、魔王の力がなんらかの媒体を引き金として増幅してしまい、普段は違う次元に存在する魔界への扉が開かれるというもので、扉が開かれると、魔物がわんさかこちら側に飛び出してくる。

この扉を閉じるには聖属性の最高位魔法しかなく、その魔法を使える者こそが目の前のノエルというわけだ。

もう少しすれば『暁の刻』が発生するが、女性向けゲームであるこのゲームの中では主人公が攻略対象者と力を合わせて最後の愛を築くイベントなので、めちゃくちゃ攻略が難しいというものではない。被害も最小限で済むはずである。

最後の愛を築くイベント、と述べはしたが愛の力が聖属性の有無に関与するわけではないことから、『暁の刻』を乗り越えるだけならば、ノエルが聖属性を持っている時点で問題はない。そしてノエルはその属性を持つものとして王立学園に入学しているので、世界が滅ぶということもない以上、俺はあまりこのイベントを注視していない。

正直なところ、自分の周りに被害がなければそれはそれで見過ごせる。むろん、侯爵家の息子という地位からすると領民を守る使命はあるだろうし、ノブレス・オブリージュという考え方から市井の民を守ることも必要だろう。

そこはその場になってみて、家族を含めて協議すれば良いと俺は判断し、自身の悲惨な運命を避けるべく今は動いているわけだが……。


「あとさー、リアきゅんに一つ聞いておきたいんだけど……」

「うん?」


俺が首を傾げると、ノエルが小さく唸った後に、顔を上げて口を開いたのだが──それと同時にノックがされて、扉の向こうから、よろしいでしょうか、と声がした。


「ななななななななななな!ナイジェルっ‼」


ノエルが声を聴くだけで興奮して立ち上がった。すげーな、これだけでわかんのか。さすが最推しというだけある。俺が入っていいよと、と答えると静かに扉が開かれてナイジェルがお茶の用意がされたワゴンと一緒に現れた。

ノエルに引き合わせようと普段はアンに頼むお茶の用意を、今回はナイジェルにお願いしたのだ。

そこからはとにかくてんやわんやだ。……主にノエルが。

普段は愛らしいノエルの目が猛禽類みたいになってて、下がろうとするナイジェルを必死のていで引き止めたりで、ナイジェルは始終退き気味な顔。俺がたまに、落ち着きなよ、と突っ込んでも興奮冷めやまないノエルを見ていると、本当に好きなんだな……とは理解できた。しかし、落ち着け。



結局、その日はその後ろくに話にならずである。

いかんな、失敗した……ただ満足そうではあったのでいいのかもしれない。今できるのはお互いの情報共有と、助け合いくらいだ。後は生徒会の連中には極力近づかない、だろうか。ナイジェルが離れてノエルが落ち着いたときに、これについては囁いておいたので大丈夫とは思うのだ、が──ノエルは寄りにもよって帰り際、俺とキースが侯爵邸のエントランスまで送った際に、


「あ、キース先生!この前、レジナルド先輩が無理やりリアムにキ……もがっ」


とんでもねぇことを報告しようとしやがった……!

俺は即座にノエルに駆け寄って、その口を手で塞ぐ。


「言わなくていいから……‼」


小声でそういうと、ノエルは不満そうに俺へと視線を寄越した。

何が悲しくて、兄に男からキスされそうになった報告をせねばならんのだ‼

ノエルから恐る恐る手を外すと、


「レジナルド先輩から虐められてたので守ってあげてくださいねっ」


と、叫んだ。あ、あ、あ、あ、あ、あ!余計なことを!

いや、わかる!わかるよ!俺を心配してってのは!でもそれをここで言われたらさぁ!


「へぇ……そうなんだね。僕は何も聞いてないから……この後にリアムに聞かせてもらおうかな。有益な情報をありがとうノエルくん。気を付けて帰るんだよ」


キースがにっこりと笑って一度俺を見てから、ノエルにそう言った。

おっふ!おっふ!うち!俺に関しては本当に過保護なんだよ!あああああ!

ノエルはするっと俺の手から逃れて、ばいばーい、と悪びれた様子もなく笑顔で豪奢な扉をくぐり、用意した馬車に向かっていった。

ばたり、と俺の前で使用人によって扉が閉められる。


「おかしいね、リアム。お茶会では何もなかったと兄様は聞いているけれど……どういうことだろうね?」


静かな声が俺の背中で響いたのだった……。

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