「……っ……」
ぼうっとする。
肌の感触が、妙にスベスベしている。
そこにあるはずのものがなくなっただけなのに、何かを奪われた気がしてならない。
(……俺、何やってんだ……)
まだ、軽く震えている手を握りしめる。
――終わったなら、せめて何か着させろ。
そう言おうとした瞬間、視界の端で凜が何かを手に取った。
「ほら、次の準備もしようか」
「………………は?」
凛が、注射器を持っていた。
ペン型のそれのメモリをカチリカチリと回す。
「……っそれ……」
「うん、4回目の注射だよ」
(……っ……!!)
血の気が引く。
「い、いやだ……なんで……っ」
思わず身体を後ずらせる俺の腕を凜が掴んだ。
「昨日は3回、今日はまた3回」
「っ……!!!」
「ほら、大人しくして?」
(……っ……)
さっきまで、剃毛のせいで頭がいっぱいだった。
まさか、すぐにまた 「次の段階」 に進むなんて――
「や、やめろ……っ……!」
無意識に腕を引こうとするが、何故だろか……力があまり入らない。
凜から逃れることが出来ない。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。痛くしないから」
「そういう問題じゃない……!!」
「うん、じゃあ、少し押さえるね」
「おい待て、ふざけ――」
――チクリ。
「っ……」
微かな痛みとともに、液体が肌の中へ流れ込む感触がする。
(……また……)
これで、4回目……半分に近い量。
「うん、これで大丈夫」
凛が、針を抜いて、優しくその周りを撫でた。
(……大丈夫、じゃない……)
「少ししたら、また変化が出てくると思うよ」
「っ……そんなもん、出るわけない……っ……」
「……れーちゃんは、まだ誤魔化せるって思ってる?」
「……っ!!」
思いっきり心を抉られる。
なんでだろう、凜は、なんでこうも変わった?
それとも初めから凜はこんな風だったのだろうか……。
「……っ……」
認めたくない。誤魔化せる。
まだ、大丈夫――。必死に繰り返す。
俺はαだと。Ωになるわけがない、と。
「無理しなくていいよ」
凛が、また俺の腕を撫でた。
「ちゃんと、Ωになれるからね」
(……っ……)
もう、俺の意志なんて関係ないんだ。
俺の身体は、確実に 「そっち側」 に進んでいる。
「っ……くそ……」
針の跡を見つめながら、奥歯を噛みしめる。
「れーちゃん、どうする?」
「……は?」
「朝ごはん、食べる?」
(……こいつ、なんで……)
監禁されてるんだぞ?
薬を打たれて、身体を無理やり変えられて――
なのに、凛はまるで 「普通の生活をしているだけ」 みたいな顔をしている。
「……ふざけんな……っ……」
「食べないの?」
「……っ……!!!」
思わず言葉に詰まる。
喉が渇く。
胃が、妙に空っぽな感覚がする。
(……腹、減ってる……?)
昨日の夜から、何も食べてないせいかもしれない。
でも、それ以上に――
(……なんか……変だ……)
胃の奥が、妙に軽い。
いつもなら、空腹を感じると 「腹が減ってイライラする」 のに、今日は違う。
(……なんか……足りない……?)
「れーちゃん?」
「っ……!!」
肩を叩かれて、ビクッと跳ねる。
「ぼーっとしてたね。……食べる?」
「っ……いらねぇよ……!!」
「そっか。でも、無理しないでね。水分だけはとろうね」
(……無理、どころじゃない……お前がしてんのに)
苛立つのに、身体はどこかぼんやりしていた。
(……なんか……変だ……)
でも、まだ誤魔化せる。これは 「ただの空腹」。
これ以上の意味なんて――
「じゃあ、次の準備しようか」
「……は?」
思考が止まる。
「次って、何だよ……」
凛が、穏やかに微笑んだ。
「うん、れーちゃんの体が変わってきたか、ちゃんと確認しないとね」
「え……?」
「大丈夫、優しくするよ」
凜はにっこりと笑った。それはやはり、いつもの凜の笑顔だった。