凜が俺をベッドへと下ろす。

柔らかいシーツの感触が、背中を包む。

「……っ……」

温かい。

ふわっとした寝心地のいいベッド。

キングサイズかそれ以上か。大きなベッドだ。

（……ここ、さっきの部屋じゃない……？）

さっきまでいた無機質な監禁部屋じゃない。

見上げた天井には、間接照明が優しく灯っている。

家具も高級そうで、妙に落ち着いた雰囲気だった。

「……なんだよ、ここ……」

絞り出すように言うと、凛が微笑む。

「れーちゃんの新しい寝室だよ」

「……っ……」

意味が分からなかった。

「ここで僕と一緒に寝るんだよ。広いでしょ？この寝具もれーちゃん好みに揃えたんだ」

（……は……？）

「ほら、足枷つけるね」

カチャリ、と足首に冷たい金属の感触が巻きつく。

「……っ……！！」

ビクッと体が跳ねる。

片足だけに繋がれた鎖。

長さはあるが、部屋の外には出られないような長さ。

（……動ける……でも、逃げらない……）

「これで安心だね」

「っ……どこが安心だ……！！」

凛がベッドに腰掛け、俺の髪をそっと撫でる。

「ほら、れーちゃん。さっきより、リラックスできるでしょ？」

「……っ……！！！」

反論したいのに、声が出ない。

だって――

（……確かに、ここ……落ち着く……）

部屋は暖かい。

シーツは心地よく、体を優しく包み込む。

けど、それが 「甘やかされている」 ようで、余計に怖い。

「うん、いい子」

凛が満足そうに微笑む。

「れーちゃんは、そこでちょっと待っててね」

「……は？」

「僕もシャワー浴びてくるから。汗かいちゃったしね」

（……っ！！）

言葉の意味を理解した瞬間、背筋がゾワッと粟立った。

「ちょっ……まっ……！！！」

ガチャリ。

俺の抵抗を無視して、凛はすでに寝室の隣にある浴室へと向かっていく。

「すぐ戻るから、大人しくしててね」

そう言い残し、凜の姿は消えた。

（……ふざけんな……っ！！！）

俺は瞬間的に、ベッドから転がるように立ち上がった。

「っ……！！」

でも、鎖がすぐに足を引っ張る。

動ける範囲はせいぜい ベッドの周りと、その先にあるソファまで。

ドアの近くにすら行けない。

（……クソッ……！）

力いっぱい鎖を引っ張るが、全く外れる気配がない。

（……無理だ……っ……）

呼吸が荒くなる。

逃げ場なんて、最初からなかった。

シャワーの音が、静かな寝室に響く。

凛はきっと、何の心配もしていないんだろう。

俺が 「ここから出られない」 ことを分かっているから。

凜の望みはなんだ？

……俺をΩにすること。なんで？

ベッドに崩れ落ち、手で顔を覆う。

（……凜……）

俺はもう、凜の思い通りになりつつある。

いや、思い通りだろう。

俺はしばらく、じっと天井を見つめていた。

（……すぐ戻るって言ってたけど……）

シャワーの音が続いている。

全然「すぐ」じゃない。

（……どんだけ、ゆっくり浴びてんだよ……）

イライラとした感情が湧く。

でも、それ以上に 「待たされている」 という状況が苦しい。

（……俺は今、ここで……凜を待ってるのか……？）

それが、何より屈辱だった。

「……っ……」

身体を起こし、もう一度足枷を確かめる。

ガチャ、と軽く引っ張るが、当然のようにびくともしない。

（……逃げられない……）

さっき散々確認したことなのに、また同じことをしてしまう。

無駄だと分かっていても、何かしないと 「ただ待つしかない現実」 に耐えられなかった。

「……はぁ……っ……」

息を吐き、ベッドに倒れ込む。

（……このまま、どれくらい待たされるんだ……？）

シャワーの音はまだ続いている。

ただ浴びているだけじゃない。

きっと、髪を洗って、体を洗って、念入りに流して――

丁寧にケアして、着替えて――

（……まるで、デートの前みたいな準備……違うな。誰かとそういう関係を持つ前のような……）

考えた瞬間、ゾッとする。

（……ちがう……そんなわけ、ない……っ……！！）

手で顔を覆う。

でも、思考は止まらない。

（……もしかして、アイツ……俺と寝るつもりで……？寝る、はどっちの寝る、だ……？αの凜とΩになりかけている、俺。……まさか、まさか）

心臓がどくどくと嫌な音を立てる。

凜はそうだ、なんて言った？俺をここへと連れてきた時に。

そんなことを考えていると。シャワーの音が止まった。

（……っ……）

――凛が、戻ってくる。