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3 1日目ー2回目の注射と羞恥のトイレ

食事が終わる頃には、俺の中の違和感はさらに増していた。


「……暑い」


自分で呟いて、少し息を呑む。


体が、内側からじんわりと熱を持っている。


「兆候が出てきたね」


またその言葉。

ムカついた俺は、即座に怒鳴った。


「兆候とか言うな!!!!」

「れーちゃんは、変化することが怖い?」

「……は?」


急に、そんなことを言われた。


「変わらないって思ってるから、余計に怖いんでしょ?」

「……違ぇよ」


そう即答したはずなのに、喉が妙に乾く。

凛は微笑みながら、俺の額に手を当てた。


「少し、熱が出てきてるね」

「っ……!」


その仕草が、まるで体調を気遣う恋人みたいで、無性に苛立つ。

凛は穏やかに微笑んだまま、再び注射器を手に取る。

手枷の嵌る両手を予め、凜の片手が押さえていた。


「2回目、するね」


冷たい針が、再び肌に触れる。

痛みはやはり、チクリとしたものでほとんどない。


「うん、これで大丈夫。手枷は……一度外そうか。血行が悪くなっちゃうし」


カチャリ。

拘束が解かれる感触。

血行とか言うなら、まずは拘束を解いてほしい。


「これで少しは楽になった?」


俺の両腕は自由になったが、脇下に巻かれたベルトはそのままだ。


「暴れなかったら、そのままにしてあげる」

「ふざけんな!!」

「ふふ。でも、れーちゃんはもう逃げられないよ」



2回目の注射が終わった後、俺はベッドの上でじっと息を整えていた。

……やっぱり、体の調子が変だ。

少しぼーっとする。熱がこもるような感覚。

けど、それよりも――


「……なあ」


俺は、できるだけ冷静な声を作って言った。


「トイレ……行きてぇんだけど」


しばしの沈黙のあと、凛は「そっか」と頷いた。


「じゃあ、行こっか」


カチッ、とリモコンが押され、電動ベッドが再び動き出す。

同時に、俺の胸にかかっていた拘束ベルトが外される感触がした。


(……きた……!!)


一気に心臓が跳ねる。

今だ――!!


「っ!!」


解放された瞬間、俺は全力でベッドから飛び出した。


……はずだった。


「――っ!? なっ……!」


動こうとした足が、ガツンと引っ張られる。

足首についたままだった 足枷 。なんで忘れてたかな、俺よ!


「れーちゃんらしいね」


目の前で、凛がくすくすと笑う。


「……っ、クソが……っ!!」


拳を握り締めるが、もう遅い。

凛はゆっくりと、俺の横に腰を下ろすと、何かを取り出した。


「……じゃあ、こっちかな」


そう言って、俺の目の前にスッと差し出されたのは――


尿瓶。


一般の家庭ではそうお目にかかることのない代物では……。

俺だって何かの医療ドラマで見たことがあるだけで、実物は初めてだ。


「……は?」

「大丈夫だよ、ちゃんと受け止めるから」

「…………」


俺は、頭が真っ白になった。

……まさか。


「……いや、ちょっと待て」


ゴクリ、と喉が鳴る。

まさか、ここで……?


「もしかして嫌?」

「当たり前だろ!!!!」


俺が叫ぶと、凛はまた微笑んで、もう片方の手をポンと叩いた。


「あ、じゃあこっちのほうがいい?」


次の瞬間、取り出されたのは――


オムツ。


あ、うん、そっちは知ってる……CMでもよく見ますもんね……。


「……」

「どっちがいい?」


さらりとした声。


「おむつ? それとも、尿瓶?」

「…………」


何も言えなくなる俺を見て、凛はふっと微笑んだ。


「ね、れーちゃん。トイレに行かないなら、こっちしかないよ?それとも大人しくして、トイレに行く?」


逃げることすら考えていた俺が、今は どちらの屈辱がマシか を考えさせられている。

クソッ……こんなの、どっちも嫌に決まってる……!

俺に選択肢なんて――


「……わかった……」


俺は小さく息を吐き出し、ゆっくりと目を伏せた。


「……おとなしく、するから……」


凛が嬉しそうに微笑む気配がした。


「うん、いい子。じゃあ行こうか。……ほら、立って」


凛が俺の腕を引いて立ち上がらせる。

ベッドから降りられるものの、足枷のせいで歩幅が限られる。


「足枷は外さないのかよ……」

「うん。逃げるつもりないなら、別に気にしなくていいでしょ?抱っこする?」

「歩く……」


何気に選択ばかりさせているような気がする、凜は。

俺がそう答えると、分かっていたかのように頷いた。


「ほら、こっち」


廊下に出る。

周囲を見ると、天井が高い。マンションの一室っぽいが……。


(お高そーな内装だな……)


外景が見えないので確定的なことは言えないが、どこかのタワマンの一室ではないだろうかと思われた。

連れていかれた扉の前、凛が扉を開けると、そこにはちゃんとしたトイレがあった。

思ったよりも普通の空間で、ホッとする――が、すぐに気づく。


「……おい、ドア」

「うん?」

「閉めろよ」

「ダメだよ」


凛はきっぱりと言った。


「ちゃんと見てないと、何するかわからないし」

「はぁ!? ふざけんな!」

「ふふ、大丈夫。僕は気にしないから」

「俺が気にすんだよ!!!!」


思わず叫ぶ。


「学校の時は、普通に一緒にトイレ行ってたのにね」

「それとこれは違ぇだろ!!」


学校の頃は、確かに俺たちはしょっちゅう連れションしてた。

何も考えず、ただ当たり前みたいに。


けど――今は違う。


これは、完全に 「監視されながらトイレを強要されてる」 状況だ。

意識すると、余計に体が強張る。

俺が動けないでいると、凛が静かに言う。


「ここでできないなら……さっきの尿瓶、使う?」

「…………っ!」

「それとも、おむつ?」

「っ……」


選択肢を突きつけられる。

トイレはあるのに、俺は今、

「見られながら用を足すか、尿瓶を使うか」 を選ばされている。


「……ちくしょう……」


俺は歯を食いしばり、震える手でベルトを外した。


「いい子だね、れーちゃん」


凛は嬉しそうに微笑む。

俺は目を伏せ、静かにため息をついた。

結局、俺に選択肢なんて、最初からなかったんだ。

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