「……また、お前の膝の上か……」
高校の昼休み、教室の隅。
俺は、凛の膝の上に座らされていた。
「うん」
「うん、じゃない。抱き人形じゃないんですけど、俺は……」
「このほうが落ち着くでしょ?」
そう言いながら、凛は俺の腰をがっちりホールドしてくる。
俺が動こうとすればするほど、この190cm超えのバカ力が発揮されて、結果として逃げられない。
「落ち着くとかじゃなくて、他に椅子あるだろ」
「でも、君はここがいいでしょ?」
「いや、誰が決めたそれ?」
「……僕……?」
会話を聞いていたクラスメイトが呆れたように言う。
「お前らマジでいい加減付き合えよ」
「そうそう、もう番になっちゃえって」
「アホか。こいつも俺もアルファだってーの」
即座に否定する。
何度も言ってるが、こいつはただの幼馴染だ。
しかもお互いにアルファ同士。
確かにクラスが一度も離れたことはないし、俺が何かしようとすると凛は必ずついてくるし、俺が座れば当然のように膝の上に乗せられるし、気づけば腕の中にいるし、教室で「おかえり」とか言われるし、頭を撫でられるし、なんか視線を感じると思ったらだいたい凛が俺を見てるし、俺が喋れば当然のように相槌を打ってくるし、飯を買いに行こうとすれば財布を出されるし、寝てたら毛布をかけられるし、まあまあまあまあ……確かに他の幼馴染よりは距離が近いのかもしれない。
……かもしれないけど!!!!!!!!!!!
「今時ふっつーにアルファ同士でも結婚するやついいるじゃん」
「しねーわ!」
「じゃあ、その状況なんなんだよ」
「なんなんだろうな!!!!!」
正直、俺もよくわかってなかった。
そんな日々が、ずっと続いていた。
「ねえねえ、れーちゃん」
「うん?」
「大学、本当に行かないの……?」
後ろで凜が聞いてくる。
俺は半ば諦めながら、凜に寄りかかった。
俺たちは卒業を間近に控えており、お互いの進路は違う。
俺の家は両親ともに芸能人で、小さなころから俺もそういう世界でちょこちょこと生きてきた。卒業を機にそちら方面へ行くことにしたのだ。
凜は薬学部に進む。
「勉強は嫌いじゃないけどなー。まあ、行きたくなったら行けばいいかなって」
「でもそれじゃ、僕と離れちゃうよ……」
「いやいやいや。どちらにしろ、俺は薬学とか無理だしね。それに家は近所だし同じ都内だし」
そう言った瞬間、上目で見る凛の表情が、わずかに変わった。
ほんの少し、ほんの一瞬。
「うん……」
変わらない声。
変わらない笑顔。
──だけど、何かが引っかかる。
「いつでも会えるさ」
「うん」
凛が、俺の頬に手を添える。
それはいつものことだった。
凛は昔から、俺に触れることにためらいがなかったし、俺もそれを気にしていなかった。
だけど。
「でも、君はどこにも行かないよ」
「……ん?」
「だって、ずっと一緒にいるんだから」
凛が、当然のようにそう言った。
別におかしなことは言ってない。
俺たちは昔からずっと一緒だったし、これからも関係が途切れるわけじゃない。
「……おお、そうだな……?」
──でも。
なんだ、この違和感は。
まあ、いいか……?
「ああ、でも、事務所が少し遠いから近くに引っ越そうとは思ってる」
そう言うと、凛はにっこりと微笑んだ。
「大丈夫だよ。ちゃんと決まってるから」
「え?」
「君が住む場所」
「……なんだそれ」
「心配しなくても、全部ちゃんと準備してるよ」
準備。何を。何の?
凜はたまにこういうことがある。会話が通じないというか。
「……えーっと?」
思考が追いつかないまま聞き返すと、凛は優しく俺の頬を撫でた。
「大丈夫だよ、れーちゃん。何も心配しなくていいから」
優しい声。
いつもと変わらない笑顔。
──なのに、心臓が妙にざわっとした。
「……なんか、お前、変じゃね?」
俺がそう言うと、凛はきょとんとした顔をした。
「変?」
「いや、なんつーか……」
何が変なのか、自分でも説明できなかった。
けど、何かがおかしい。
──そんな話をしていたのは、卒業前の、二月のことだった。