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1 異常な日常

「……また、お前の膝の上か……」


高校の昼休み、教室の隅。

俺は、凛の膝の上に座らされていた。


「うん」

「うん、じゃない。抱き人形じゃないんですけど、俺は……」

「このほうが落ち着くでしょ?」


そう言いながら、凛は俺の腰をがっちりホールドしてくる。

俺が動こうとすればするほど、この190cm超えのバカ力が発揮されて、結果として逃げられない。


「落ち着くとかじゃなくて、他に椅子あるだろ」

「でも、君はここがいいでしょ?」

「いや、誰が決めたそれ?」

「……僕……?」


会話を聞いていたクラスメイトが呆れたように言う。


「お前らマジでいい加減付き合えよ」

「そうそう、もう番になっちゃえって」

「アホか。こいつも俺もアルファだってーの」


即座に否定する。

何度も言ってるが、こいつはただの幼馴染だ。

しかもお互いにアルファ同士。

確かにクラスが一度も離れたことはないし、俺が何かしようとすると凛は必ずついてくるし、俺が座れば当然のように膝の上に乗せられるし、気づけば腕の中にいるし、教室で「おかえり」とか言われるし、頭を撫でられるし、なんか視線を感じると思ったらだいたい凛が俺を見てるし、俺が喋れば当然のように相槌を打ってくるし、飯を買いに行こうとすれば財布を出されるし、寝てたら毛布をかけられるし、まあまあまあまあ……確かに他の幼馴染よりは距離が近いのかもしれない。

……かもしれないけど!!!!!!!!!!!


「今時ふっつーにアルファ同士でも結婚するやついいるじゃん」

「しねーわ!」

「じゃあ、その状況なんなんだよ」

「なんなんだろうな!!!!!」


正直、俺もよくわかってなかった。

そんな日々が、ずっと続いていた。


「ねえねえ、れーちゃん」

「うん?」

「大学、本当に行かないの……?」


後ろで凜が聞いてくる。

俺は半ば諦めながら、凜に寄りかかった。

俺たちは卒業を間近に控えており、お互いの進路は違う。

俺の家は両親ともに芸能人で、小さなころから俺もそういう世界でちょこちょこと生きてきた。卒業を機にそちら方面へ行くことにしたのだ。

凜は薬学部に進む。


「勉強は嫌いじゃないけどなー。まあ、行きたくなったら行けばいいかなって」

「でもそれじゃ、僕と離れちゃうよ……」

「いやいやいや。どちらにしろ、俺は薬学とか無理だしね。それに家は近所だし同じ都内だし」


そう言った瞬間、上目で見る凛の表情が、わずかに変わった。

ほんの少し、ほんの一瞬。


「うん……」


変わらない声。

変わらない笑顔。

──だけど、何かが引っかかる。


「いつでも会えるさ」

「うん」


凛が、俺の頬に手を添える。

それはいつものことだった。

凛は昔から、俺に触れることにためらいがなかったし、俺もそれを気にしていなかった。


だけど。


「でも、君はどこにも行かないよ」

「……ん?」

「だって、ずっと一緒にいるんだから」


凛が、当然のようにそう言った。

別におかしなことは言ってない。

俺たちは昔からずっと一緒だったし、これからも関係が途切れるわけじゃない。


「……おお、そうだな……?」


──でも。

なんだ、この違和感は。

まあ、いいか……?


「ああ、でも、事務所が少し遠いから近くに引っ越そうとは思ってる」


そう言うと、凛はにっこりと微笑んだ。


「大丈夫だよ。ちゃんと決まってるから」

「え?」

「君が住む場所」

「……なんだそれ」

「心配しなくても、全部ちゃんと準備してるよ」


準備。何を。何の?

凜はたまにこういうことがある。会話が通じないというか。


「……えーっと?」


思考が追いつかないまま聞き返すと、凛は優しく俺の頬を撫でた。


「大丈夫だよ、れーちゃん。何も心配しなくていいから」


優しい声。

いつもと変わらない笑顔。


──なのに、心臓が妙にざわっとした。


「……なんか、お前、変じゃね?」


俺がそう言うと、凛はきょとんとした顔をした。


「変?」

「いや、なんつーか……」


何が変なのか、自分でも説明できなかった。

けど、何かがおかしい。


──そんな話をしていたのは、卒業前の、二月のことだった。


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