——目が覚めた時、まず気づいたのは、自分が動けないという事実だった。
カチャ。
無機質な金属音。
目を開ければ、見慣れた天井。……のはずなのに、どこか違う。
「…………は?」
手を引く。
──ガチャン。
もう片方も引く。
──ガチャン。
手首に冷たい感触。
寝ぼけた頭で、それが手錠だと理解した瞬間、思考が一気に覚醒する。
「…………は?」
「おはよう」
優しい声が落ちてくる。
まるで、何もおかしいことなんてないみたいに。
凛が、ベッドの横に座っていた。
変わらない、いつもの穏やかな顔で。
いつもと、変わらない、俺を見る目。
なのに、背中にじわりと嫌な汗が滲む。
「……俺、なんで手錠されてんの?」
「違うよ、手枷だよ。れーちゃん、逃げるでしょ?」
「まってくれ話が全く……」
凛はこてん、と頭を傾ぐ。
この状況で「そっかぁ」と呟く意味がわからない。
逃げる前提の対策を取るってことは、どう考えても俺にとって不利な状況ってことだ。
嫌な予感しかしない。
「もう大丈夫だよ」
カチッ。カチッ。
ダイヤルと回すような音が耳に響く。
視線を落とすと、凛の手には見慣れないペン型の注射器。
「…………なあ、それ何?」
「うん。オメガニナール だよ」
「……は?」
聞き間違いかと思った。
「オメガニナール」
凛は繰り返した。
「なんだそれ。……いや、というか、え?」
「効果は確かだよ」
「それは今聞いてないだろ、な?凜」
「細い針だから、一瞬で終わるよ。痛くないよ」
カチッ、とまたダイヤルを回す音がした。
冷静になれ。
思考を整理しろ、
・俺は手錠でベッドに拘束されている
・目の前には御影凛(いつも通りの顔)
・でも手には見慣れない注射器
・「オメガニナール」という名前。
「……それ、なんの薬」
「君のために作ったんだ」
「お前の開発……?」
「うん」
さらっと言うが、つまりそういうことだ。
それはつまり、御影製薬の御曹司が「俺のためだけに」作った薬ということになる。
嫌な汗が増す。
「試験も済んでるし、安全だよ」
「試験……?」
「うん。ちゃんと効果は出る」
「いや、その試験って、どこで、誰が、どういうふうに」
「それは秘密」
恐怖しか増さない。
「……なんの薬なんだ……?」
正直聞きたくない。
名前からしてもうアレだし。
恐る恐る俺が聞くと、凜はにっこりと笑んだ。
「君をΩにするお薬」
沈黙。
空気が、止まった。
凛は変わらない。何も変わらない。
いつもの顔で、いつもの声で、ただ淡々と、
「Ωじゃないと、番になれないから」
そう言った。