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第十五話  我、汝の、命運、断たんと欲すなり

「‥‥‥兄の亡霊に取りつかれてたのは‥‥‥私の方だった‥‥」

「‥‥‥」

「里架子にはやっぱりかなわないな」

「でも‥‥‥あなたの死の運命を払う事は出来なかった‥‥‥」

「まだ終わってはいないわ」

「‥‥‥」

 そんな那々美に、里架子は何かを言おうとしたが、適当な言葉が見つからずに、ぶっきらぼうな仕草で顔を背ける。

「我‥‥‥」

 里架子は首を振った。

「我らは確率を極めし者‥‥‥」

「‥‥‥」

 那々美はぽかんと口を開ける。里架子は夜空を見上げながらただ笑みを浮かべていた。 半透明のエーテルの塊が里架子達二人を包み込んだ。

「‥‥行っくよっー!」

 手を繋いだままの二人は、ふわりと、それこそ魔法の様に浮かび上がった。

「‥‥‥」

 二人は低空で宙を移動する。離陸直前の飛行機の様に、アスファルトの台地を駆け抜け、驚く人々を尻目に、高度をあげた。

 百メートル程の高さまで昇った後、里架子は無言で地上を見下ろす。空の星の何倍もの明るさで、ビルの窓は光っている。二人はその輝きの狭間にいた。

「いた!」

 和也は意外に近い所で浮かんでいた。腕組みして少し上から見下ろしている。

「和也!」

「‥二人で来たのか‥‥」

 和也は目を伏せる。

「これも運命という事だな」

「何が運命よ! 私がいるかぎり、もうあな たに誰もやらせはしないんだからね!」

 里架子の土間声は、空中の水蒸気を固まらせる。霧は小さな手裏剣となって和也を襲った。

「完全に呪文という概念を卒業した様だな!」

 和也は腕を回して円を描く。黒い風が弾となって霧にぶつかり、蹴散らしながら里架子達に向かっていく。

「こんなもの!」

 那々美に腰を掴まれたまま、里架子は宙を二転、三転する。視界は目紛るしく変わり、天と地がルグルと回り続ける。回転が止まった時、本来は下にあるはずのアスファルトの地面は、右斜め上に見えていた。

「汝らの喜びは我の喜び! 来たれ! この 那々美の元へ!」

 ”GUOOOOOOOO!”

 現われた二匹の鎌イタチが、両手の武器を振るった。

「みくびらないでもらいたいな!」

 今度は黒い弾を連続で撃ちだす。

 ”GAAA!”

 弾は妖怪の体にめり込む。短い断末魔の声を残してエーテル体は消えた。

「くっ!」

 流れ弾の一つを避けきれず、里架子に命中する。

「ああっ!」

 衝撃に那々美は手を離してしまった。

「‥‥‥翼あれ!」

 突風が二人を再び、宙に留まらせた。

「‥‥‥我らは、光の子‥‥‥共に祝福あらん事を‥‥‥」

 二人の背中にエーテルの靄が生まれたが、それはすぐに鳥の翼に変化した。翼は里架子の意志に関係なく、はばたき続ける。

「ごめん那々美! 集中が崩れた」

「‥‥‥」

 精神集中の最中だった那々美は、すぐに口を開く事が出来ず、ただ首を横に振る。

「じゃ、飛行の力は任せたから!」

 高層ビルの陰にまわった和也を、二人は追いかける。

「‥‥ふん‥」

 追い付かれた和也は、小さなエーテルの妖怪を創り、先に窓を割らせてから、中へと入った。

 そこは企業のビルらしく、入った先はオフィスらしく整然としている。薄暗い室内に人の気配は無かったが、それはこの新宿全体に避難勧告が出ていたからである。

「すまないな」

 仕切りの硝子を破り、低空で廊下を飛ぶ。「あそこ!」

 夜空を下に、逆の体勢のまま里架子達は同じ窓から侵入した。

 入った途端、翼が消えた。勢いのついたまま机の上を滑っていく。幾つかの植木を倒してようやく止まった。

「痛ーっ‥‥‥」

 先に落ちた里架子がクッションとなり、那々美は何処にもぶつける事は無かった。

「大丈夫?」

「何とかねー」

 腰をさすりながら、里架子は廊下に出た。

「うわっ!」

 警備員とぶつかる。

「な、何だ君達は?」

「失礼!」

 サンタに似た衣裳の少女がウインクした。那々美の力で背中に再び羽が生え始める。余波の光が、羽毛の様にあたりに飛び散ってヒラヒラ揺れながら落ちた。

「‥‥我らは光の子‥‥」

 魔法使いの黒のドレスの少女‥‥‥那々美の背にも同じ様な羽が伸び、二人は同時に浮かび上がった。

「な、な‥‥」

 目のあたりにした男は、腰を抜かして尻餅をつく。

「あっち!」

 構わずにビル内の廊下を疾走する。幾つかの部屋を通り抜け、角を曲がると、壊された窓を見つけた。

「さては‥‥‥」

 里架子は自己の中へと意識を集中させる。

 砕けた硝子の破片を越え、夜空のただ中へと飛び込んだ。一瞬、カクンと高度が落ちたものの、光の粉を引きずりながらも順調に飛行している。

「‥‥‥」

 都市の中央は、窓が星の様に瞬き続けていた。

 ”OOOOOOOO!”

「!」

 限りなく細い、金属の棒の様な竜巻が里架子目掛けて飛んできた。が、那々美の操作で、里架子の体は回転してそれを避けた。

「目が‥‥回る‥‥って‥」

 露出させっぱなしで写した星の写真の様に、回りの窓の灯は、光の線となって里架子の目蓋に映った。

「今のはちょっときつい」

 全てを避けたあと、動きは止まる。

 ”ではそろそろ終わりにしよう!”

 雲の合間に朧気に見える月にかぶっていた和也は、頭上から巨大なエーテルの塊を出した。

「大口叩いてる割に逃げ回ってるだけじゃないの?」

「そうだな」

 エーテルは和也を中へ取り込んだ。

 ”ではここで決着をつけよう”

 ゼリー状にぐにゃぐにゃと形を変え、最後には翼の生えた黒い巨大な竜へと変化した。さっきの妖怪より更に巨大で、真下の道路は竜の体の重みで沈み、両脇の二つのビルはドミノ倒しの様に倒れた。

「あいつ‥‥‥自分を媒介にするなんて‥‥‥」

 粉塵に顔を曇らせる。

 ”里架子!”

 二人は宙で一所に集まった。高さにして地上から三百メートル‥‥‥丁度着地した竜の首の位置に当る。

 =里架子さん=

 竜がその巨大な口を開き、人語を発した。

 =‥‥まだ、那々美さんを助けられると思うのか?=

「何がマダ‥‥‥なのか分かんないけどね。そんなコケ脅しで何とかなると思わないでよね!」

「どうするの里架子?」

「‥‥‥一旦、降ろしてくれる?」

 里架子の表情にいつもの余裕は無かった。

「‥‥‥分かったわ」

 ふわ‥‥‥と、天使の様に荒れ果てた地上に降り立つ。同時に翼は消えた。

「目には目を‥‥‥ってね。こうなったら、私も同じ事するしかないわね」

「でも‥‥‥危険よ」

「じゃあ他に方法は?」

「‥‥‥」

「決まりね‥‥‥我は‥‥‥」

「もういい!」

 那々美は里架子のたてた二本の指を握った。

「もう‥‥‥いいの‥‥‥」

「‥‥‥」

「和也が狙ってるのは‥‥‥私‥‥‥これ以 上、私の為に‥‥‥他の人を‥‥‥里架子 を‥‥危ない目にあわせる訳には‥‥‥」

「あのねっ!」  

 掴まれた指を乱暴に振りほどく。

「昔っからそうだけど、どうしてそういう後ろ向きな考え方するの? 自分が身を引け ば、皆が幸せになるって? 冗談じゃない!」

 ”GOOOOOOOOO!”

「!」

 地響きと怒号が一緒くたに、二人の頭上に迫った。左右別々に避けたその場所に、竜の尻尾が圧倒的な破壊力で、アスファルトの道を砕いた。

「‥‥里架子‥」

 少し離れた場所で、また二人は合流した。

「それに私はね、別に正義感とか、そういう事で和也と戦う訳じゃないの。ただ許せないだけ。他の些細な事なんてどうでもいい!」

「‥‥‥」

「分かったら、ちょっとどいてて」

「え?」

「私一人で十分」

 里架子は服についた埃をはらった。襟に付いた血を見て顔をしかめる。

「で、でも‥‥‥」

「‥‥あいつはあなたを狙ってるの‥‥‥守りながらじゃ、思い切り戦えないから」

「‥‥‥」

「大丈夫だって、私は天才なのよ。忘れたの?」 

 那々美の頬に手を当てると少しだけ笑った。

「そういう事で」

 険しい顔に戻り、竜の方に体を向ける。戸惑っていた那々美は、ゆっくりと後ろへ下がった。

「持久戦はこっちが不利‥‥‥一瞬で決めるしかない!」

 里架子は赤いマントの端を縛り、動きやすく変える。腰を落として重心を下げ、両手をあげて身構える。

 ”OOOOO”

「‥‥我は力を極めし者‥」

 竜が歩く度、里架子の体は反動で少し浮き上がる。

「全ての摂理は、我、里架子のもとにある」

 ピっと二本の指をたてる。

 向かい風が、帽子を後方へと吹き飛ばし、髪を激しくばたつかせた。

「我、汝の、命運、断たんと欲すなり‥‥‥」

 言葉はさらに続いた。

「‥‥我が力、無敵なり‥‥‥何人たりとも ‥‥‥」

 夜空の星に向けた手を竜に向けた。

 エーテルの固まりが四方八方から里架子に向かってきた。

「‥‥‥く‥‥‥む‥‥‥」

 打ちのめされながらも、里架子は倒れずにいる、やがて大きなエーテルに囲まれる事になった。

「我の前に抵抗は無意味なり!」

 ”GUOOOOOO!”

 竜の咆哮とそれは同時だった。中の里架子もろとも、エーテル球は竜へと向かっていった。二つの衝撃波はぶつかりあい、円状に広がる時空振が周囲の建物を微塵に砕いていく。

「り、里架子っ!」

 爆風に那々美は両腕で顔を隠した。

「‥‥寿を削り、身を削り、心を削り、請い焦がれ、欲すれど叶うあたわず‥‥」

 黙っていられず、呪文を唱える。

「‥我は‥‥」

 風が那々美を包み込む。

「‥‥く‥‥‥‥‥‥」

 衝撃波は二人の体を空高くまで吹き飛ばした。肺を焦がす熱風の中、那々美は無我夢中で最後の図形を思い浮べた。

「‥‥風の盾!」

 その言葉が力を持ったのかどうか、那々美自身に分からなかった。上も下も分からない中、声は爆風の中に消えた。


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