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未来を紡ぐ確率の魔女たちは、事象の地平線を超える
未来を紡ぐ確率の魔女たちは、事象の地平線を超える
chelsea
現代ファンタジー異能バトル
2025年03月30日
公開日
6.4万字
連載中
東京の再開発地区の煌びやかなネオンの裏側。女子高生の里架子は、確率という不思議な力に導かれながら、過去の運命の鎖を断ち切るために立ち上がる。偶然と必然が交差する戦い、そして「事象の地平線」の向こうに隠された謎。混沌としたこの世界で、少女が未来を変えていく。

第一話  全ての確率は、我、里架子の望みのままにある


 新宿新都心のビルは、きらびやかな電飾が何処までも真っ直ぐ伸び、隙間から僅かに見えている日の落ちた漆黒の空に、突き刺さんとする勢いである。

 ”‥‥‥で、どうなの?”

 ”いや、いや、その辺はまあ、適当に‥‥” 土の存在しない、完全に舗装された道の上を無数の人々が歩き続ける。その口にする言葉は幾重にも重なりあい、意味の無いただのざわめきとして辺りに響き続ける。

「‥‥‥‥‥‥」

 ガヤガヤという音の渦の中、昔に流行っていた歌を口ずさんでいた十七、八歳ぐらいの一人の少女が不意に立ち止まり、そんな星の見えない空を見上げた。

 着ている服は、ブレザーに赤と白のタータンチェックのスカートという何処かの高校の制服の様だった。茶色に染めた髪は肩に少しかかる程度の長さである。顔立ちはまだ幼さが残っていたが、太い眉と釣り気味の眦、そしてきゅっと強く結んだ唇が彼女の意思の強さを表していた。手持ちの皮の鞄は分厚く、明らかに時代遅れに見えた。

「‥‥‥」

 波の中で立ち止まった為、背中に誰かがぶつかる。

 ”何だよ”

「‥‥‥‥‥‥」

 押された少女は、ハミングを止めた。

 ぶつかってきた男は悪態をついて消えていく。少女はそんな通行人達に一瞥もくれなかった。視線を水平に戻し、それからゆっくりと辺りを見渡した。

「‥‥この辺のはず‥‥」

 端に寄り、きょろきょろと何かを探した。 捨てられていたコンビニのビニール傘を拾い上げ、両手で掴み、力を入れて芯を曲げた。人々は怪訝な顔で通り過ぎていく。

「‥‥これでここでの準備は終わり‥」

 折れた傘を放り投げ、少女は裏道へと入っていった。




「‥‥リカコ‥‥」

 まだ建設中の鉄骨だけのビルの頂上付近に、人影があった。艶のある長い黒髪と真っ白な肌、小さな唇は日本人形を連想させる。足首まである長いスカートが孤高の風に大きく揺れていた。

 足場と呼べるものは十メートル程、下方にしか見当らず、彼女がどうやってそこまで登ったのかは、誰もが首を傾げるしかない。

「‥‥‥」

 夜空の雲の端から満月が顔を出し、辺りは青白い光に包まれる。

「‥‥私は、あなたに聞かなければならない ‥‥どんな事をしても‥」

 持っていた銀色の金属の棒を強く握り締める。

 真下にあるクレーン車の脇に、一つの影が現われ、目を細めた。



「‥‥‥」

 その人影はサンタの帽子を二股にした様なものをかぶり、だらりと長い真紅の外套という出で立ちであった。カツカツと硬質な音を響かせていた足を止める。

 かつては歩行者天国であったこの一帯は、都心部にありがちな慢性的土地不足を理由に再開発地域に指定され、結果、そこら中から針鼠の様な鉄骨が空に向けて伸びる事となった。昼は建設の為の外国人労働者の雑踏が支配しているが、今はゴミをあさる野良犬もいない。完成すれば公園にでもなるのか、付近は適度な、そして不自然な空き地となっていた。

「‥‥‥」

 一際強い風が、羽織っていた布を大きく靡かせる。隙間から胸元の黄色いリボンと、丈の短い制服と白い脚を覗かせた。

「これは‥‥‥場が狂わされてる‥‥」

 すぐ側の砂利山の崩れを見つめた少女の声が口から言葉が洩れた。両の手の二本指をたてて身構える。

「‥‥いるっ!」

 ”GIAAAAAA!”

 呟きと同時に、黒く巨大な何かが近くで雄叫びをあげた。少女はすぐにその場を飛びのく。直後、それまで立っていた赤煉瓦を模した道が大きく抉れる。

「‥‥大きい」

 ”GIHIHIHI‥‥”

 歯軋りをさせて嗤う声が、無人の町にこだまする。ギギ‥‥‥と嫌な音を立てて鉄骨がへし折れ、点々と続いてる外灯が一斉に弾け飛んで硝子の粉を撒き散らした。

「‥‥‥」

 そこには何も見えない。だが、透明な何かがいる事は確かだった。地響きをたてて丸い凹みが、少しずつ出来ていく。真直ぐに近づいている様だった。

「‥‥さしずめ、ビックフットとでも言うのかしらね」

 少女は全く動じる様子も無く、口元に笑みを浮かべる。

「私の場を作る邪魔をする者は‥‥‥許さないっ!」

 両足をわずかに開き、腕をササッと素早く交差させて振るって目を閉じた。

「我は確率を極めし者‥‥‥」

 高く、澄んだ声が響く。

「全ての確率は、我、里架子の望みのままにある」

 突き出した指先を見えない怪物に向けた。

「我、汝の命数、断たんと欲す!」

 呪文のようなものは、言葉とイメージを結び付ける為のもので意味はない。この言葉も昔あった何かを適当に参考にしたものだ。

 ”GAAAAAAA!”

 地面が一瞬ガクと下がった。姿は見えてはいないが、怪物が飛び上がった事は分かった。 最後の雄叫びが終わってから、瞬く暇も無い短い時間が経過して後、ビン!という何かの切れる音が鳴り響いた。ワイヤーで上に釣り下げられていた鉄骨の束が一斉に落ちてきた。

 ”GIAAAAAA!”

 恐らくは下敷きになったであろう怪物が、叫び声をあげた。月明かりが、舞い上がった砂埃に怪物の姿を映し出す。

 重い金属のぶつかりあうけたたましい音が鳴り止んだ後、里架子と名乗った少女は、制服を隠すかの様に、はだけた外套の前を閉じた。

 無人の町は再び静けさを取り戻した。聞こえてくるのは、風の音、そして落ちた鉄骨の軋む小さな音だけである。

「‥‥こんなはした妖怪で私をどうにか出来るとでも思ってたの?」

 声は反響し、語尾は波となって同じ台詞を繰り返す。しばらく間をあけたが、少女の問いに答えるものは無かった。

「隠れてないで出てきたら、ナナミ!」

 ”‥‥‥隠れるつもりはないわ!”

 暫しの間の後、上から声が響いた。赤いマントの少女‥‥‥里架子はすぐに見上げたが、空はあまりにも暗く、そびえ立つ鉄骨の柱の何処に、その声の主がいるのかを直接目視する事は出来なかった。

「我は確率を極めし者‥‥‥」

 里架子は両腕を空に掲げる。

「全ての確率は、我、里架子の望みのままにある‥‥‥我、飛翔の翼、欲すれば、透の羽、眼下より現われる!」

 言葉が終わった途端、真下から突風が吹き上がる。マントは上へと大きく膨らみ、髪が逆立つ。その突然の風は里架子を空へと持ち上げた。

「‥‥‥」

 数秒を経ずして、里架子はビルの頂に達した。横目で鉄骨の先端にたたずむ人影を確認した後、乗っていた風から脇へと飛び降りる。

「‥‥こんにちわ、里架子‥‥いい夜ね」

 長いスカートと髪を靡かせ、那々美は静かに口を開いた。白い靴の下、細い足場のその先には、工事用の車が豆粒の様に並んでいるのが見える。遠くには街の灯りが広がっているのが見えた。

「随分な挨拶ね」

 赤い外套を靡かせながら、里架子は腕組みして那々美を斜に睨み続ける。

 二人はしばしの間、無言だった。

 里架子は何度かイライラと人差し指を動かした後、

「で、私の仕掛けを壊したのはどういうつもり?」

 先に声を発した。

「‥‥‥」

 那々美の顔が曇る。

「里架子‥‥あなたは東京を囲んでしまうほどの大がかりな仕掛けを、それも幾重にも 張り巡らせ続けている‥‥‥いったい、何をするつもりなの?」

「前にも言ったでしょ、あなたには関係の無い事だって」

「まさか‥‥本当に‥」 

 那々美は息を止めた。

「‥‥まさか‥‥‥本当にこの街を‥‥‥」

「そうね、いっそ無くなった方がさっぱりするんじゃないかな」

 里架子は肩をすくめて笑った。

「‥‥お願い里架子、もうやめて‥‥‥大きな力を使えば、それだけ他の人にも影響を与えてしまうのよ。分かっているでしょ」「他人なんてどうだっていいじゃない!」

 指先をたてて身構える。

「少なくとも‥‥私には遥の残してくれたこ の技がある‥‥‥それだけでいい」

「‥‥‥そう‥‥‥どうしてもやめないなら、力づくでも止めてみせるわ」 

「あなたの力で、私に勝てるとでも思ってるの?」

「‥‥‥」

 那々美は口を結び、羽飾り付きの杖を直に持ちかえる。里架子も構えの姿勢をとった。

 風が二人の間を隔てている深淵を吹き抜ける。


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