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第20話:変わったのは好みではなく

 デート、と言われると抵抗感があったけれど、行き先がブティックだとわかれば話は別だった。


 この世界に生まれ変わってからずっと、マナシアのクローゼットにある服を着ている。だが、どれもこれもお上品なお嬢様すぎて、もう少し可愛い系の服も欲しいと思っていたところだ。


 それに、屋敷にいて不機嫌なエリオードとたびたび顔を合わせるのも気が重い。外出できるのはありがたかった。


 午前十時過ぎ、あたしはティアリナに連れられて、街の中心から少し離れた小路を歩いていた。初めて来るその通りは、立ち並ぶ店々に高級感があり、行き交う人も紳士淑女といった様相だった。


 ティアリナはその通りの中でも異彩を放つ一画で足を止めた。路面店の間に突如現れた白バラのアーチ。それはまるで、アリスを不思議の国へと招いたウサギの穴のよう。


「ここ?」

「ええ。最近できたばかりの“乙女の花園”ってお店。流行りに敏感な貴族の娘たちの間で人気らしいわ」


 アーチから続くアプローチを進む。

 入り口の白い扉を開けると、鈴の音とともにフローラルな香りが広がった。店内には、レースや刺繍をふんだんに使ったドレスや小物がずらりと並び、どれもこれも目移りしてしまうような可憐さだ。


「マナシアには、こういうのがよく似合うわよね」


 ティアリナが手に取ったのは、ミルクティーベージュのロングワンピース。裾にかけて繊細な蔦模様の刺繍が施され、袖口には控えめなフリルがあしらわれている。


「落ち着いた雰囲気で素敵でしょう?」

「う、うん……でも……」


 あたしの視線は、ロングワンピースの隣に掛けられていた丈の短いフリルのワンピースに向いていた。淡いピンクに小花柄の刺繍、胸元と裾にふんわりとしたフリルがついていて、甘さが強め。


「あら、そっちが気になるの?」

「え、いや、別に……」


 慌てて目を逸らそうとしたけれど、ティアリナにはあたしの興味はお見通しだった。


「試着してみましょう」

「え? でも、こういうのは……」


 ホストの隣に並ぶならいいが、神父の隣に妻として立つには少し不釣り合いだとわかっていた。


 ティアリナは、そんなあたしの心中を悟ってか、そのワンピースを手に取り、やや強引にあたしに持たせる。


「何も気にする必要はないわ。あなたはあなた。自分が着たいと思った服を着ていいの」


 あたしはティアリナに文字通り背中を押されながら、試着室へ向かった。



 鏡の中の自分は、転生前とは顔も体も何もかも違うのに、同じ系統の服を着ているというだけで、どこか懐かしく目に映った。


真名まなちゃん、可愛い。いつも俺のためにお洒落してくれて、ありがとう』


 いつかのトウマの言葉がよみがえる。


「マナシア、どうかしら? 着られた?」


 ティアリナの声がして、あたしは我に返り、試着室のカーテンを開けた。


「どう、かな?」

「まあ! とっても似合ってるわ。お人形さんみたい」


 ティアリナの目が柔らかく細められる。


「落ち着いたデザインもいいけれど、あなたはまだ若いし、そういう可愛らしい格好もいいわね」

「そうかな……ありがと」


 褒められて、素直に嬉しい。ティアリナのような美人に言われるなら、なおさらだ。


 ティアリナはそして、あたしが試着していた服をそのまま買ってくれた。


 もちろん、そこに至るまでにあたしは何度も固辞し、ワンピースを脱ごうとした。貢ぐのには慣れているが、貢がれるのは未経験でむず痒い。

 だけどティアリナは、あたしがもう一度試着室へ入ろうとするのを防ぎ、さっさと会計を済ませてしまった。


 シスターってリッチなんだろうか。いいや、そうは思えない。どちらかというと質素な暮らしをしていそうな印象だ。


 店を出て、恐る恐るティアリナに尋ねてみると、彼女は、シスターは儲からないが実家が太いのだと答えた。


「でもね、今のお金はちゃあんと私が稼いだお金よ。好きな子へのプレゼントを買うのに親の財力なんか使わないわ」


 なにそれ、ちょっとトキめいた。いや、あたしは人妻。トキめいちゃ駄目なんですけどね!


 心中でひとり葛藤していると、


「じゃあ次は、その服に合うコスメを見に行きましょう」


 あたしの手に、滑らかな手がするりと絡んだ。なんて自然なタイミング。彼女はあたしが朝から来ていたワンピースの入った袋も持ってくれている。

 デートの相手役としては申し分ない。ただし、彼女が女性でなく、あたしが人妻でなければという話だが。


 続く化粧品店でも、彼女はあたし好みのメイク道具――紫がかったプラムワインのグロスと、ディープネイビーのアイライナーを買ってくれた。


「あなた、好みが変わったわね」


 司祭館への帰り道、ティアリナはぽつりと呟いた。それは単なる感想で、非難では決してなかったが、ほんの少し寂しさのようなものが滲んでいるようにも感じた。


「そうかな?」


 とあたしは曖昧に返す。以前と変わっていたとしたら、それは当然だ。あたしはマナシアでもマナキでもないのだから。


 ティアリナがうふふと笑った。


「そうよ。以前は青のアイライナーなんて絶対に選ばなかったもの」

「あはは、ちょっと挑戦っていうか」

「挑戦。素敵ね。あたしは今のあなたも好きよ。ちょっとセラディスには刺激が強いかもしれないけれど」

「……帰ったら着替えようかな」


 店員さんにやってもらった青のアイラインと赤紫のグロスも取った方がいいかもしれない。


「それはあなたの判断に任せるわ。でも、もしまた、そのワンピースとメイクで出掛けたくなったら、そのときには私を呼んで」


 ティアリナは甘えるようにあたしの腕に絡んだ。

 豊満な胸があたしの二の腕にぽゆんと当たる。


 わ、わ、これは役得!


「どこへだって連れていくし、付いていくわ。男の行けない場所にもね」


 それは彼女の親切心だろうか、それとも隠さない下心なのだろうか。


「あ、ありがとう」


 と、とりあえず言っておく。

 二の腕に押し当てられる感触が強まった。

 ああ、おっぱいの力は強大だ。ともすればぐらりと揺らぎそうな心をあたしは自覚していた。


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