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第18話:親友以上○○未満

 入浴と夕食のあと、あたしはデートの余韻を噛みしめながらセラディスの部屋へ向かった。


 今日こそは(エリオード抜きで)二人きりで寝たい。

 家に帰るまでが遠足だとしたら、夜一緒に眠るまでがデートなんだから!


 けれども、セラディスの寝室近くまで来たとき、部屋の中から言い合うような声が聞こえてきた。

 あたしは忍び足でドアまで歩み寄り、聞き耳を立てた。


「やっぱりな。あんなびしょ濡れで、そうじゃないかと思ったんだよ!」

「エル、落ち着いてください」


 どうやらエリオードとセラディスが言い争っているようだ。いや、争うというよりはエリオードが一方的に高揚し、セラディスが宥めているように聞こえる。


 話題は今日のデートのことらしかった。


「何を怒っているんです? 濡れた格好で帰ってきたことですか?」

「違う。格好なんかどうだっていい」

「では何を――」

「お前がわかんねぇのが余計に腹立つんだよ」

「……すみません。私のしたことが、何か気に障ったのでしたら謝ります」

「そうじゃねぇって。謝ってほしいわけじゃない……」

「だったら、どうすれば?」

「いい加減気づけよ。あの場所は……お前が昔、俺だけに教えてくれた場所だろ!? 誰にも言うなって、俺だけ特別だって……その約束をお前が破るのかよ!」


 声が震えている。怒りと、何か他の感情が混ざっているような。


「どうして、あんなやつ……!」


 バンッと何か硬いものが叩かれる音がした。不穏だが、人を殴る音ではない。


「エル? ……エル、どうしたっていうんです」


 わっ、という短い悲鳴が聞こえ、セラディスの声が高くなる。


「エル、何するん、ちょ、っと……やめっ……離してください! エルッ……いやだっ!」


 え、え、何、喧嘩? 掴み合い? 中で何が起きてるの!?


 ただならぬ空気を感じて、あたしは慌ててドアをノックした。


「セラディス、どうしたの? なんか声が聞こえたけど」


 盗み聞きしてました、とは言えないため、偶然聞いたかのような言い方を繕う。


 しばらくの沈黙ののち、ギィ……とドアが開いた。そこにいたのはエリオードだった。

 彼はあからさまな嫌悪の目をあたしに向けると、舌打ちし、無言のまま自室の方向へ去っていった。


 なんなのアイツ……。


 あたしは開いたドアの隙間から、そっと部屋の中を覗いた。


「セラディス……?」


 燭台の明かりに照らされた部屋の中、彼はベッドに腰を下ろして呆然としていた。その姿を見て、あたしはギョッとした。


 いつも彼が寝るときに着ている白いロングのナイトシャツの胸元がはだけて、肩が片方露出している。


 セラディスはあたしの存在に気がつくと、顔に羞恥の色を滲ませて服の胸元を合わせた。あたしは慌てて彼に背を向け、「ごめん」と口にする。


「あなたが謝ることはありません。ごめんなさい、マナシア。今夜はひとりにさせてください」

「わかった」


 あたしは彼の方を見ないまま部屋を出て、後ろ手にドアを閉じた。

 ふつふつと怒りが込み上げる。


 エリオード! エリオード、あの男!

 まさか、あたしのセラディスに無体を働こうと!?


 あたしは、居ても立ってもいられず、そのまま足早にエリオードの部屋へ向かった。

 部屋の近くまで来た時、中から何か、硬い音がした。音は断続的に聞こえてくる。


 あの男、癇癪を起こして物でも投げてるのか?


 あたしはさらにむかっ腹が立ってきて、部屋のドアを強めにノックした。


「エリオード、あたしだけど。ちょっと出てきてくれる?」


 返事の代わりに、ガツンとドアの内側に何かが当たる。なんて男だ。信じられない。

 あたしはドアノブに手を掛けた。すると、意外にも鍵は掛かっておらず、ドアはスッと開く。


「ねえエリ――」


 ヒュンッ!


「うわっ!」


 咄嗟にしゃがみ込んだあたしの頭の上ギリギリを、何かが高速で通過していく。


 パリィィイイン!


 と、背後で甲高い音が鳴る。


 振り返ると、廊下の床に写真立てらしきものの残骸が散らばっていた。さすがにあり得ない。あたしは部屋の中に向き直り、


「ちょっと、やめなよ! 危ないでしょ!」

「うるせぇ、アバズレ!」

「はあ!?」


 散らかった部屋の中で手当たり次第に物を投げていたエリオードはドアまで大股でやってくると、あたしを凄まじくギラついた目で見下ろし、勢いよくドアを閉めた。


 なんなの……わけわかんない。


 これ以上、声をかける気にはなれなかった。下手したら、怪我をさせられかねない。

 自室に戻ろうと思った時ふと、割れた写真立てが目に入った。よく見ると、写真も落ちている。


 裏返しになっていた写真をあたしは拾い上げた。


 それは、十代のころと思しきセラディスとエリオードが並んで写った写真だった。肩を並べ、笑い合っているその姿は、親友の域を超越した――特別な関係のようにも見えた。


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