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第14話:恋する乙女の初デート

 目が覚めると、隣には誰もいなかった。

 セラディスも、エリオードもすでに部屋を出ているらしい。ぽつんと取り残されてほんの少しがっかりしたけれど、すぐに気を取り直す。

 だって今日は一日、セラディスとデートなのだ。


 よしっ、全力で楽しむぞ!


 そう思ったところで、部屋のドアがノックされた。


「マナシア、起きていますか?」


 入ってきたのは、身なりを整えたセラディスだった。黒の神父服は相変わらずだが、いつもより柔らかくセットされた髪がオフの日っぽくて、あたしの胸は自然と高鳴る。


「おはよう、マナシア。今日の朝食ですが、外で食べませんか?」

「うん、うんっ! 行く行く!」


 勢いよく頷いて、あたしは急いで自分の寝室に戻った。

 クローゼットの扉を開けて、デート用のコーディネートを選ぶ。


 まずはアイボリーのワンピース。胸元からふんわりと広がるスカートには、淡い桜色の小花刺繍が施されていて、裾が歩くたびに揺れるのが可愛い。その上に、乳白色の薄手カーディガンを羽織る。袖口にはレースの縁取りがされていて、清楚な雰囲気を醸し出してくれる。


 足元は、淡いベージュのレースアップブーツ。低めのヒールがあって、歩きやすいし背筋も自然と伸びる。


 髪は、耳元が見えるように軽くまとめて、パールのピアスを添えた。


 最後に、小ぶりのレザーのミニバッグを肩に掛ける。


 そして、ドレッサーの前に座ってメイクを施す。


 アイボリーのワンピースに合うよう、ベースはナチュラルに。チークは頬にうっすらと血色を与える程度に淡いローズ色を乗せ、唇にはツヤ感のあるピンクベージュのリップ。瞳を引き立てるために軽くマスカラを塗り、瞼は細かいラメ入りのアイシャドウで輝かせる。


「……完璧!」


 身支度を整えたあたしは、浮かれた気分でエントランスへ向かった。


 そこには、先にセラディスが待っていて、あたしの姿を見るなり、柔らかく微笑んで褒めてくれる。


「とても綺麗です、マナシア。お姫様みたいです」

「う、嬉しい……! 今日はとびきり頑張ったんだ」


 そこへ、奥の廊下から不機嫌そうな足音が響いてきた。


「もう出るのか。早いな」


 現れたのは、エリオードだ。彼は、気が進まなそうな顔で玄関ドアを開けると、そのままストッパー代わりにドアにもたれて腕を組んだ。


「お邪魔虫は今日は来ないの?」


 そう尋ねると、エリオードは鼻で笑った。


「さすがに夫婦のデートについていくほど無粋じゃねぇよ」

「へぇー、あんたがそんな気を使うなんて。このあと雪でも降らなきゃいいな」


 軽口を叩き合うあたしたちの様子を穏やかに見つめていたセラディスが、エリオードに向けて言う。


「夕方には戻ります。それまで屋敷をお願いしますね、エル」

「はいはい、行ってらっしゃい、ご主人様」


 エリオードの素直じゃない見送りを背に、あたしたちは連れ立って街へと歩き出す。


 まだ朝靄の残る石畳の道。ひと気の少ない早朝の街は、静かで、少しひんやりとした清々しさがあった。


「あっ、なんだか香ばしい良い匂い。……お腹空いちゃった」

「この通りの裏のパン屋からですね。そうだ、そこのパン屋のパンが食べられるカフェがあるんです。朝食はそこにしましょうか」

「賛成!」


 そんな会話をしながら歩いて辿り着いたのは、カフェ・ルミエールという店だった。


 街の中央通りからひとつ隣に逸れた通りの角に建つ小さなカフェ。店先には木製の看板が下がり、カーブを描く優美な文字で店名が記されている。外壁は白を基調とした石造りで、窓にはレースのカーテン。季節の花が植えられたプランターがいくつも並び、朝の柔らかな陽光を受けて、まるで絵本の中の一軒家のようだった。


 入り口の前には木漏れ日の差すテラス席が設けられていて、そよ風と共にゆったりとした時間を過ごせそうだ。


 あたしたちはテラス席へ案内してもらい、店主のおすすめだというモーニングセットを注文した。


 パン屋さんから仕入れたという焼きたてのクロワッサンに、ディルとチャイブを混ぜ込んだスクランブルエッグ、赤キャベツのピクルスを添えたスモークサーモンのサラダ、苺とブルーベリーがたっぷり乗ったヨーグルト。そして、香り高いシナモンミルクティー。


 さらに、デザートには、もっちり食感でほんのり温かい洋梨のクラフティが待っている。


「ああん……幸せ!」


 あたしは頬を緩めて、色鮮やかな料理たちを次々と口に運ぶ。セラディスも穏やかに微笑みながらクロワッサンを割り、湯気の立つ断面にバターを塗っていた。


「今日の予定ですが、どこか行きたい場所はありますか?」

「うーんとね、じゃあ……セラディスがよくいく場所とか、お気に入りの場所がいいな」

「私の、ですか」

「困っちゃう?」

「いいえ、そんなことはありません。一か所、あなたにぜひ見せたい場所があります」

「ほんと!? どんなとこ? 楽しみ!」


 ああ幸せ。

 このまま一日、二人でいられる――そう思っただけで、胸の奥がふわっと温かくなった。


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