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第12話:邪魔な使用人だなこりゃ!

 翌朝、目覚めた瞬間にあたしは決意した。


「よし、今日の目標はセラディスとハグ! 絶対!」


 大きな目標のためには、小さな目標をコツコツ積み上げること、これ鉄則。


 それにしても、昨夜のことを思い出すだけで、また腹が立ってくる。どう考えても、新婚の妻が夫の部屋に入るのを阻止するなんておかしい。しかも"背教者"って、なんだそれ。あたしは寝室に入ろうとしただけだし、体だってまだ純白シーツなんですけど(なお、心はすでに男の味を……)!?


 とはいえ、正面から抗議したところで昨日と同じだ。エリオードは石頭だし、あの巨体をあたしの力で何とかできるとは思わない。だから方法としては二つ。

 エリオードの目を盗むか、エリオードを追い出すか。


 見てろよ、エリオード・グランヴェス……!



「おはよう、マナシア」


 ダイニングに入ると、すでにセラディスが座っており、その後ろに執事服を着たエリオードが控えていた。意外にも、その制服姿がやけに似合っているのがまた腹立たしい。


 二人とも美丈夫で、黒を基調とした神父服と執事服は相性が良く、並んでいると非常に絵になる。

 これでエリオードの性格が良かったら最高だったのにな、とあたしは心中でひとりごちる。


「よく眠れましたか?」


 と微笑むセラディスの隣で、エリオードはミントとレモンバームの葉が浮かんだ白葡萄ジュースを透明なガラスピッチャーでセラディスのグラスに注ぐ。あたしのグラスも空っぽなのに、こっちは見事なまでに無視。え、酷くない?


 セラディスもそれに気づいて何か言いかけたところで、メイドちゃんが慌てて別のピッチャーを持ってきて、あたしのグラスを満たしてくれる。なんていい子なんだ。その気遣いに、あたしは少しだけ心救われた。


 朝食のあと、セラディスは教会へ向かう準備を始める。

 さすがに二日連続でついていくのは教会側に迷惑なので断念して、あたしは見送りのためにセラディスの隣をエントランスまで一緒に歩いた。当然のごとくエリオードが後に続き、今日が最後の勤務となるメイドちゃんもやってくる。


 玄関ドアの手前で、セラディスがメイドちゃんに向き直った。


「急な異動になってしまって申し訳ありません。そして、今まで本当にありがとうございました」


 メイドちゃんは少し目を潤ませながらも、笑顔で頭を下げた。

 感動的で、少し寂しい光景。こうなったのもすべてエリオードのせいだが、当の本人は飄々ひょうひょうとしているのが腹立たしい。


 が、いやいや駄目だ。こんなささくれ立った気持ちで夫を送り出すのは良くない。あたしは良き妻として、最高の笑顔と『一日頑張ってね』の気持ちで夫に活力を与えたいのだ。


 気分を切り替えようと、あたしはセラディスの腕にそっと触れた。


「ね、いってらっしゃいのハグ、してもいい?」

「ええ、喜んで」


 セラディスが微笑み、気をきかせたメイドちゃんがさっと歩み出てセラディスの手提げ鞄を受け取った。

 あたしは両腕を伸ばして彼の胸へ――


 ペチン。


「却下だ」


 歩み出たあたしの額が、セラディスの神父服ではない生の肉に当たった。すぐにそれが、差し入れられたエリオードの厚い手のひらだと気づく。


 あたしはその手のひらにそのまま、約1m後ろにまで、よよよと押し戻された。


「ちょっと、何なの!?」

「背教者的兆候を見逃すわけにはいかない」


 ふざけんなこのやろうと口にしかけたところで、セラディスが懐中時計を取り出した。


「すみません、マナシア。そろそろ時間が」

「ええっ」

「では、行ってきます」


 セラディスはメイドちゃんに見送られ、屋敷を後にした。あたしは心底がっかりし、一方のエリオードは満足げに片頬を引き上げる。


「何その顔」

「別に」

「ただのハグじゃん。どうしてそんな目くじら立てるの?」

よこしまな心根が見えたからだ」

「なにそれ。ハグが邪に見えるって、あんたの心根のほうがよっぽど邪なんじゃない?」


 エリオードはあたしをジロリと上から睨んだ。あたしも負けず、その目をめ上げる。


 膠着状態が続く中、荷物をまとめたメイドちゃんがエントランスにやってきた。彼女はあたしたちの様子を見て困惑していたが、第三者の登場で興ざめしたのかエリオードがふいと視線を逸らしてどこかへ行ってしまった。


 メイドちゃんは大きな旅行鞄を下げていた。彼女は本当に出ていってしまうのだなと、たった二日の付き合いだが、あたしは少し寂しく思った。


「あの、奥様」


 とメイドちゃんは言って、旅行鞄を置き、あたしにぎゅっとハグをしてくれる。


「私、奥様のこと応援してますから」


 彼女からは、焼き立てパンとバターの良い香りがして、あたしの涙腺はほんの少しだけくすぐられた。


「ありがとう。次のお屋敷でも元気で頑張ってね」


 玄関を出て去っていくメイド服の後姿を、あたしは見えなくなるまで見送った。

 そして、心の中で決意を固める。


 このままエリオードの好きにはさせない。主人と使用人の上下関係ってやつを、思い知らせてやるんだから!


 意気込んだあたしはエリオードを探すべく、屋敷中を巡った。

 そして最終的に彼を見つけたのは、セラディスの寝室だった。彼はベッドメイクをしていた。


「あんた、なに勝手にここ入ってんの!」

「は? これが仕事なんだが」

「じゃあ今日からそれはあたしの仕事にする。セラディスの部屋には入らないで」

「意味がわからんな。セディがそう希望したならともかく、違うんだろ」


 互いに睨み合いながら、また言い合いに突入。


「セラディスだけじゃなく妻であるあたしもあんたの主人でしょ。そのあたしが希望してるんだから」

「セディはお前に自室の片付けなどさせたくないはずだ」

「そんなの聞いてみなきゃわからないでしょ。いいって言うかも」

「いいや言わない。聞いてみなくとも俺は親友だからわかる」

「親友、親友って……あたしは妻だぞ」

「妻といっても、セディとはたった一年やそこらの付き合いなんだろ。俺は学生時代からもう十年はあいつと共にいる」


 い、一年……? また知らない数字が出てきた。


 昨日ティアリナは、あたしをセラディスから紹介されたのは半年前だと言った。そして今、エリオードから聞かされた一年という言葉。


「一年の付き合いなんて、誰が言ったの?」

「ああ? セディしかいないだろ。それとも、もっと長い関係だって言いたいのか?」

「そうじゃないけど……あの、ちなみにあたしとあんたが初めて会ったのって半年前で合ってる?」

「なんの話だよ、わけわかんねぇ女だな。半年より前なんて俺はお前の存在すら知らなかったぞ。知ってたらセディと婚約なんかさせなかったのに」

「……なるほどね」


 ティアリナの話と整合性が取れている。つまりあたしは約一年前にセラディスと出会い、そこから半年間、司祭館の寝室で存在を隠されていた。


 その理由は恐らく、セラディスしか知らないのだろう。だって、十年来の親友ですら知らされていないのだから。


 エリオードはため息をつき、止めていたベッドメイクの手を再び動かし出した。


「とにかく、この部屋の片付けは俺の仕事だ。出ていけ。神父の妻ならそれらしく、礼拝室で祈りでも捧げてろよ」


 カチンときた。なんだその言い草は。


「ねえ、どうしてそこまでセラディスに固執するの? あんたちょっと異常じゃない?」


 エリオードは一瞬、動きを止めたが、すぐに再開してさらりと答えた。


「親友だからだ。それ以外に理由がいるか? ……ああ、奥様は親友がいないからわからないのか」


 ぐぬぬぬぬ……!

 親友がいないのは、元の世界でも今の世界でも図星だった。


 あたしは反論できないまま、その場を離れた。

 そして何か仕返しでもしてやろうとエリオードの部屋へ向かったが、ドアには鍵がかかっていた。


 くそっ。恥ずかしい自作ポエムでも見つけてやろうと思ったのに。


 あたしは恨みがましい気持ちで鍵穴を見つめた。


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