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第11話:めんどくさい男、襲来!

 訪問者はどうやらエリオードのようだった。


「お待ちください、セラディス様はお食事中ですので」


 と慌てるメイドちゃんの声と、乱暴な足音がエントランスの方から聞こえてくる。


 間もなくダイニングに続くドアが開け放たれ、革製の荷物袋を背負ったエリオードが現れた。

 セラディスは慣れたものらしく、驚きもしなければ立ち上がりもせず言う。


「エル、うちの大切な使用人を困らせないでください」

「なら初めから、俺が来たら問答無用で通すよう命じとけよ、セディ」


 二人の視線が交わる。完全に険悪でもない、どこかお遊びの雰囲気が混じった視線。

 たちまち漂う二人だけの空気。

 なにこれ。


「まあ、そんな命令、もう必要ないけどな」

「どういうことです?」

「今日から俺がこの司祭館の使用人だ。全教委員会には話をつけた。明日には今のメイドは別の屋敷へ異動になる」

「えっ」


 と思わず声が出た。エリオードがあたしをギロリと一瞥する。

 そんな目で見なくてもいいじゃん!


「エル、何を勝手に……」

「お前に言っても首を縦には振らないだろ」

「当たり前です。教会修復師として才のある君をわざわざ使用人にしてどうするんです」

「いいんだよ。俺は俺のしたいことをするんだ」

「君のしたいことは、一介の神父の身の回りの世話ですか?」

「……わかってねぇなあ」


 エリオードが肩を竦める。


「セディ、小言は後でたっぷり聞いてやるから、とりあえず荷物を置かせてくれよ。肩が凝っちまう」


 エリオードは荷物袋を背負い直し、今来たドアを出ていく。

 ここでようやくセラディスは席を立ち、破天荒な男の後を追った。


 あたしも気になってついていくと、使用人室のエリアに辿り着く。今いるメイドちゃんの部屋の隣が空室になっているのだが、どうやらエリオードはそこへ入ったようだった。


 開いたままのドアをコンコンコンとノックして、セラディスが言う。


「君は昔からそうだ。私には理解できない行動ばかりとる」


 セラディスの後ろから部屋を覗くと、燭台の火に照らされた使用人用の小部屋の中で、エリオードが荷解きをしている。その彼が、セラディスの言葉に顔を上げて、にやりと笑った。


「俺はわかりやすくしてるつもりなんだがな」

「だとしたら、君と私は相当文化の異なる地点にいるらしい」

「そうでもないぜ。今日からは同じ地点だ」


 と、ベッドに腰を下ろし、脚を組みながら言う。


「よろしくな、ご主人様」


 温厚なセラディスの眉根に深いしわが寄る。

 けれど、心からの嫌悪でもなさそうなのは、あたしの見間違いだろうか。

 なんにせよ、ひと波乱くらいは起きそうだと思った。


 その予感は間もなく的中する。


 あたしが入浴を終え、リビングでメイドちゃんに髪を乾かしてもらっていた時だった。あたしの次にセラディスが入浴中のはずの浴室から突然、騒がしい声が響いた。


「やめてください、エル! 手伝いなど不要です!」

「セディ、そんなに嫌がるなって! 昔はよく一緒に風呂入っただろうが!」


 激しい水音と共に、物のぶつかる音、壁を叩くような音、そして――セラディスの悲鳴じみた非難。


 やっぱりな……。


 だが、時折、呆れ気味ではあるが笑い声のようなものが混じるところを聞いていると、セラディスも満更ではないのではと思えてきた。なんていうか、男子校の修学旅行の夜、といった感じだ。


 なんか、ちょっと楽しそう。セラディスの変わった一面も見られてラッキー!


 だが、その考えが甘かったことを、あたしはそのすぐ後に思い知る。


 就寝時間になって、昨夜のようにセラディスの寝室を訪ねると、ドアの前にはエリオードが腕を組んで立っていた。


「ちょっと、どいてくれる?」


 あたしが声をかけると、エリオードは小さく舌打ちをする。

 おいおい、いきなり失礼なんですけど!


「自分の部屋へ戻れ、背教者」

「……は?」

「皆まで言わないとわからないか? 25歳に満たない妻が夜に夫の部屋を訪ねたりすれば、背教者と罵られても文句は言えねぇぞ」

「背教、って。キス以上のことしなきゃいいんでしょ?」

「するかしないかの問題じゃない。疑われる行動をとるなと言ってる」

「いいからどいてよ」


 言いながらエリオードを押しのけようとするも、彼は一歩も動かない。逆にあたしの額に指を突きつけて、押し返してくる始末だ。


「セディはもう寝た」

「嘘! さっき中で物音がしたもん」

「知らん。いいから諦めて戻れ」

「ぐぬぬ……っ」


 セラディスよりもさらに大柄な男を、か弱い(?)あたしが力尽くでどかすことなどできない。

 あたしは仕方なく、すごすごと自分の寝室へ引き返した。


 ああもう、これは……面倒なことになったぞ、ホント。


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