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第9話:鍵のかかった引き出しと不機嫌な来訪者が怪しい

 昼食を終えてティアリナを送り出したあと、あたしはぽつんと司祭館の玄関ホールに取り残された。


 さて、何をしようか。決まってる。

 今、あたしの頭を占めているのは、セラディスとの馴れ初めだった。

 ティアリナが放ったひと言、


『彼はいつからここへ、あなたを隠していたのかしら』


 これが気にならないわけがない。セラディスは結婚する前、マナシアの存在を司祭館の寝室のひとつに隠していた? それは何のためか。


 あたしはこの体、マナシアのことをよく知らない。もちろん、生まれてからのすべてを知ろうなどとは思わないが、せめてセラディスと出会って以降のことは知っておきたい。


 あたしは彼の寝室へと向かった。

 ドアノブに手を掛け、鍵は掛かっていないとわかり、ドアをそっと開ける。


 セラディスの寝室に入るのは二度目だ。一度目は昨夜から今朝にかけて。

 改めて室内を見回してみると、この部屋が整然としているのがわかる。ベッドにも書き物机にも乱れはなく、書棚の本たちに傾いていたりひっくり返っているようなものは一冊もない。


 この整然を崩さずに手掛かりを見つけ出すのは骨が折れるなと思った。

 けれど、あたしにはそれを実行するだけの暇がたっぷりある。


 ベッドの下、クローゼットの中、本棚の隙間、キャビネットの上。あたしは怪しいと思った場所をすべて調べてみた。が、何も出てこない。


 唯一調べられなかったのは、キャビネットの一番下にある引き出し。そこには鍵がかかっていた。


 怪しい。めちゃくちゃ怪しい。

 でも、鍵を壊すわけにもいかないし、鍵が簡単に見つかるとも思えない。なんなら鍵はセラディスが持ち歩いている可能性が高い。


 開かない引き出しにこだわり続けても仕方ないので、別の場所を探すことにした。



 次に向かったのは図書室。本棚には分厚い本が並んでいる。そして本を読むためのテーブルと椅子がある。


「頭痛くなりそう……」


 背表紙をひとつひとつ確認してみるが、すべて神学や教義に関するものばかり。セラディスとの馴れ初めや二人のこれまでのことに繋がりそうな本は見つからなかった。


 次は一階の書斎へ。

 書斎には書き物机と小さめの本棚があり、ここにも宗教書が並んでいた。だが、やはり手掛かりになりそうなものはなし。


 その後、リビング、礼拝室と見て回ったが、結局何も見つからなかった。


 いっそメイドちゃんに聞いてみようか。この司祭館に住み込みで働いているのだから、何か知っているかもしれない。


 あたしは気楽にそう思ってキッチンを訪ねてみたが、メイドちゃんはいなかった。

 使用人用の部屋もノックしてみたが、返事はない(さすがに彼女の部屋に無断で入るまではしない)。


「買い物かなぁ……」


 諦めて昼寝でもしようかとあたしが踵を返したその時、玄関ベルが鳴った。

 メイドちゃんがいないのならば、あたしが応対するしかない。

 玄関まで小走りで向かい、扉を開けると、そこには大工のような恰好をしたひとりの男が立っていた。


 セラディスよりもやや長身で骨太な体躯、浅黒い肌。ダークブロンドで、少しクセのある短髪。鋭いグレーの瞳が、こちらをじろりと見下ろしてくる。


 なんか、すごい嫌そうな顔されてるんですけど。


「セラディスはいるか?」


 男はぶっきらぼうに尋ねてきた。


「えっと、今はいませんが……」

「そうか」


 つまらなそうに肩をすくめ、「教会にもいねぇしなぁ」と呟きながら帰ろうとする。


「ちょっと待って。あなた、誰です? いえ、誰でしたっけ? 最近ど忘れがひどくて」


 男は足を止め、一瞬、めんどくさそうに顔をしかめた。


「エリオード・グランヴェスだ。配偶者の親友の名も覚えられねぇとは、頭の弱い妻を持ってアイツも気の毒だな」


 セラディスの親友? そんな人がいたんだ。

 というか、すごいけなされてる、あたし。


「そんな言い方しなくたって……」

「お前と馴れ合うつもりは初めからない」


 そう言い捨てて、エリオードはくるりと背を向け、去っていく。

 あたしは彼を呆然と見送った。


「なんなの、あいつ……」


 玄関のドアを閉めて、ため息をつく。


 セラディスの親友なら、どうしてその妻のあたしに冷たいの?

 もしかして嫉妬? セラディスが所帯を持って以前みたいに遊べなくなったから拗ねてるとか?

 そんなのあたしに対する八つ当たりだ。結婚したら家族優先になるのなんて普通じゃないか。

 まあ、全部あたしの勝手な想像だから、もしかしたら冷たい理由は別にあるのかもしれないが。


 それはさておき、あたしはすごく眠かった。

 やることもなくなったし昼寝でもするか。優雅な奥様人生っていいなぁ。

 能天気にそんなことを考えながら、あたしは二階へ続く階段を上った。


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