ティアリナに肩を抱かれたまま教会の通用廊下を行く間、通りがかるシスターたちの視線が妙に気になった。まるで、何かを察したような目で、意味深にちらちらとこちらを見てくる。
あたし、なんか変な格好してる? いや、外出用のロングドレスは寝室のクローゼットにあったものだし、髪の毛だって跳ねてないはず。
その時、突如としてひとりの若いシスターが飛び出してきた。
「シスター・ティアリナ、きょ、今日は私の番のはずですのに……!」
ティアリナの腕に縋りついた彼女の表情は、どこか切なげで、潤んだ瞳が何かを訴えかけている。
え、"番"ってなに? この空気なに?
「わかっていますわ。あなたとは夜にね」
ティアリナは優雅な微笑みを浮かべながら、若いシスターの頬を軽く撫でた。若いシスターが恥じらうように俯く。
えっ、えっ……この空気ホントなに!?
訳のわからぬまま、あたしは小部屋に通された。白いレースのカーテンが揺れる窓際には、小さなテーブルと椅子が二脚。それからベッドが一台。
「ここは?」
「シスターが仮眠に使う部屋よ。座って待ってて」
そう言い残し、ティアリナは一旦部屋を出ていった。
そして、戻ってきた時には、シンプルなティーセットを手にしていた。
あたしの正面に腰かけた彼女がカップに熱い紅茶を注ぐと、たちまちあたりにほんのり甘い花のような香りが立ち上る。
「あなたの好きなエルミルティーよ。嬉しくないの?」
エルミルティー? あたしが好きな?
いやいや、知らんがな!
「わ、わあ、ありがと。嬉しい」
カップを取って唇をつけ、ひと口、こくんと喉を鳴らすと、鼻の奥を清涼感が吹き抜けた。
聞いたことのない紅茶をちびちび飲みつつ、あたしはふと思いついて言った。
「ねえ、教会の中を見て回りたいんだけど、案内してくれない?」
この小部屋にずっと二人きりはキツイ。
「ええ、もちろん喜んで」
ティアリナは優雅に微笑んだ。
紅茶を飲み終えると、あたしたちは教会の各所を巡った。
最初に案内されたのは本堂。天井の高い空間に、厳かで神聖な雰囲気が満ちていた。外からこの建物を見たときに入り口の扉の上部に見えた、色鮮やかな太陽の絵のステンドグラスから差し込む光が、床に美しい模様を描いている。長椅子が整然と並び、正面の奥には祭壇が鎮座していた。
「あの祭壇で、毎朝セラディスが祈りを捧げているのよ」
「へぇ……」
「祭壇の上、あの黄金の太陽の紋章は、アレオン神を象徴しているの」
「神様、って……人型じゃないんだ?」
「そうね。アレオン神は本来、光そのもの。人々がその存在を崇めやすいように、黄金の太陽の紋章で表されているだけで、本来は何の形も持たないの。けれど、特定の姿を持たないからこそ、形あるどんなものにも宿り、どこにでも導きを示すとされているのよ」
彼女の言葉を聞きながら、祭壇をじっと見つめる。あたしは宗教なんて信仰してはいないけど、ここに立つセラディスの姿を想像するだけで、どこか背筋が伸びる思いがした。
次に、中庭をぐるりと囲む外回廊にやってくる。天井はアーチ状になっていて、柱と柱の間から緑豊かな中庭が見える。風通しが良く、昼間は日の光が柔らかく差し込み、夜は月明かりが回廊の床に長い影を落とすという。
ふと見ると、中庭を挟んだ向こうの回廊で、セラディスが信者と話していた。思わず呼びかけたくなったが、ぐっとこらえる。信者の言葉に真剣に耳を傾け、誠実に応じる彼の姿を見ていたら、邪魔をしてはいけないと思えたのだ。
あたし、えらい。
続いて、外回廊を通り読書室へ向かう。そこには神学書や祈祷書が整然と並んでおり、信者向けの講義が行われることもあるらしい。ティアリナが「ここでセラディスもよく勉強しているのよ」と何気なく言うが、なぜか少しだけ嫉妬心を刺激される。
最後に、施療室へ。貧しい人々や病人を受け入れるための部屋とのことで、簡素ながらも清潔なベッドが並び、薬草の香りが漂っていた。今もひとり、一番窓際のベッドで眠っている人がいる。
さすがのあたしも、この部屋でおちゃらけるわけにはいかない。ティアリナの説明に神妙に頷き、静かに部屋をあとにした。
一通り教会内を回り終えたときには、だいぶ日が高くなっていた。お腹も空いてきて、そろそろ昼食時かというところ。
小部屋に戻る途中の外回廊で、あたしを探していたらしいセラディスと出くわした。
「マナシア、ここにいたのですか。そろそろ司祭館へ送りましょう」
「え、もう帰らなきゃ駄目?」
「シスター・ティアリナにもお仕事があります。かといって、シスターでないあなたを大聖堂内でひとり自由に歩き回らせるのは、信者の方々に示しがつきません」
そういうものか、とあたしは素直に頷いた。セラディスの近くにはいたいけれど、彼を困らせたいわけではない。
「それなら、私がマナシアをお送りしましょう。セラディスはお忙しいでしょうから」
ティアリナが自然に申し出る。それを聞いてセラディスは「ありがとうございます」と言い置き、去ってしまう。どうやら本当に忙しいらしい。
セラディスに送ってもらえないのは残念だけど仕方ない。
そう素直に受け入れられるのは、昨日より、この美人シスターを敵視する気持ちが薄れているせいだった。
「なんかごめんね、送らせちゃって。あなたも忙しいのに」
帰り道、嫌な顔ひとつせず隣を歩くティアリナに声をかけると、彼女は驚いたように眉を上げた。
「どうしたの、珍しく殊勝ね。でも気にしないで。知ってると思うけど、私の第一の仕事はセラディスの補佐。それにはあなたのお世話も含まれるわ」
「ま、まあそうかもしれないけど、一応お礼をさ」
知ってると思うけど、という枕詞がついたので、あたしは知ってるふりをして答えた。
「教会と司祭館との行き来も慣れたものよ。全然苦じゃないわ」
「そっか、昨日も来てたしね」
「本当は毎日でも行きたいくらい」
ぎょっとして横を見ると、エメラルドグリーンの熱い眼差しがあたしに向けられていた。
えっ、これ、どういう意味? 毎日来てセラディスを寝取りたいってこと!?
だけど、そうとも思えないのが不思議だった。彼女の思惑がよくわからない。
だって、寝取りたいならわざわざあたしのいる司祭館に来なくたって、セラディスが教会にいるときに、あの小部屋に連れ込めば早いじゃないか。
いやいや、そんなこと推奨するわけじゃないんだけどね!!
司祭館に着くと、ティアリナはあっさり踵を返して帰ろうとするので、あたしは慌てて彼女を引き留めた。
自分の思考が自分の首を絞める。彼女をセラディスのそばに戻らせたくない。彼女はいつだって小部屋にセラディスを連れ込めるし、28歳だから教義に反さずセラディスとそーゆーコトもできてしまうのだ(不倫も教義違反かもしれないが)。
「せっかくだし、お礼に昼食でも食べていってよ」
「まあ、それは嬉しいわ」
ティアリナは意外にも素直に応じた。
メイドちゃんが昼食を準備してくれる間、あたしは彼女を自分の寝室へ誘った。寝室だからといって深い意味はない。他の部屋はまだ馴染みがないというだけだ。
それに、司祭館の中で一応寝室という名がついているが、テーブルセットや書き物机、クローゼットやドレッサーなど、あたしの身の回りのものはすべてこの部屋にあるので、実質、居室といったほうが近い。
「お部屋に入れてくれるの、久しぶりね」
え、そうなの?
「ま、まあ……たまにはね」
自分から誘った手前、何を話して間を持たせようかと考えて、あたしはベッドサイドのキャビネットに目を遣った。その上に置かれた一輪挿しには、昨日ティアリナがくれた白バラが活けてある。
「このバラ、ありがと。とっても綺麗」
ちょっとリップサービスなどしてみる。
すると、ティアリナはあたしを不思議な眼差しで見つめて、突然、頭の被り物を外した。
シスターが皆、頭につけている、黒いアレを!
え、それって取ってもいいヤツなの?
「マナシア」
次の瞬間、視界がひっくり返り、背中にふわんとした感触。
目の前には、天井をバックにあたしを見下ろす美女の顔。長く垂れるプラチナブロンドのロングヘアがあたしの頬をくすぐり、涼やかな花畑のような香りがする。
あ、あれ、あたし、何が起きてるの?
ティアリナの片膝がベッドに乗り上げ、木材が軋む音がする。
「なっ、えっ、あっ、あの……」
ティアリナの顔が間近に迫る。彼女は私の耳に唇を寄せ、
「ずっと……こうしたかったのよ」