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第5話:夜明け前が一番暗いって本当

 性欲が高まるのは夜! だから夜こそが本番だ!


 あたしは決戦の時を見据え、意気込んでいた。

 セラディスをその気にさせるには、就寝前が最適だ。

 だって、暗闇には魔力があるでしょ? 雰囲気が大事でしょ?



 あたしはセラディスの寝室のドアを開けて、堂々と侵入した(そもそも寝室が別々なんておかしくない?)。

 すると、燭台の明かりにぼんやりと照らされた部屋の奥でセラディスが、聖アレオン大聖堂の方角を向いて膝をつき、祈りを捧げていた。


 白いロングのナイトシャツ姿で両手を組み、静かに目を閉じる姿は、まるで聖人のよう。いや聖職者だから聖人か。


「アレオン神よ。我が魂を正しき道へと導きたまえ。夜の闇に迷いを抱くことなく、己の信念を貫く強き光を示したまえ――」


 セラディスは滔々とうとうと祈りを続けたあと、ゆっくりと顔を上げた。そして、ドアの方へ視線を向ける。


 入ってきたのがあたしだと気づいた瞬間、彼の表情が一瞬驚いたものに変わる。きっと使用人が用聞きにでも来たと思ったのだろう。


「マナシア?」


 きっちり上までボタンを留めたナイトシャツが逆にエッチ。ズルい!


「今夜は、一緒に寝たいの」

「え?」

「夫婦なんだから、当然でしょ?」

「ですが、私たちは……」

「わかってる。でも、そばでただ眠るだけなら問題ないよね」


 セラディスは困惑した顔で、少し考え込む。

 よし、このまま押せる!


「ね、お願い。誓いには反しないでしょ?」

「それは、確かに……」

「でしょでしょ!」


 あたしは彼の言葉を肯定と受け止めて、ベッドに潜り込んだ。


 ふかふかの布団、心地よい香り……。

 トウマのくらくらするような香水の匂いとは違う、ほんわかしたお日さまみたいな匂いだけど、これはこれでなんだかドキドキウズウズする。


「ほら、早く寝よう」


 あたしが布団を捲って手招きすると、セラディスは観念したようにベッドに上がり、セミダブルくらいの広さのベッドの端のほうに、あたしに背を向けて横たわった。


 あからさまにッ、ものすごくッ、距離を取られているッ……!


「ねえ、そんなに端に寄らなくてもいいじゃん」

「私は、あなたに不快な思いをさせたくないので……」

「不快じゃないよ! むしろもっと近くに来てよ」


 あたしはセラディスの方へもぞもぞ移動し、その広い背中にぴとっと張り付いた。


「……温かい」


 布越しに伝わってくる体温だけで、ああ……あたしは幸せを感じてしまう。


 これだけでもいいかもしれないと思えてくる。トウマと瓜二つの夫の熱を、鼓動を、彼と共にあたしが生きているという事実を、感じながら眠れるだけで。


 最期の時、抱き起してくれたトウマの腕を思い出す。

 この人があんなふうに、少し強引にあたしに触れてくれたなら。

 トウマそっくりなのに、トウマとはまるで違う。

 トウマはあたしを誘惑する側だった。あたしを求める側だった。でも、セラディスは……。


「マナシア」

「……なに?」

「悲しいことを考えていませんか」

「……どうして?」

「小さく鼻をすする音が聞こえたので」


 セラディスが体を動かし、こちらを向いた。


 あたし、いつのまにかちょっと、おセンチ(死語かな)になってたみたい。鼻の奥がツンとからい。

 ああ嫌だ。これからエロティシズムを体現しようってときに。


 せっかくセラディスがこちらを向いたのに、あたしは彼の目を見られなかった。


 なんなんだろう、この気持ち。あたしはセラディスをトウマと比べて、何がしたいんだろう。

 比べたってもう、どうにもならないのに。

 だって、あたしは死んだんだから……!

 あの世界には戻れないんだから!!


「おやすみなさい、マナシア」


 セラディスはそう言って、すっとあたしの額に優しく口付けた。


「え……?」

「これなら、誓いを破ったことにはなりません」


 驚いて顔を上向けると、夜明け前の空のような深い青色の目があたしを見つめていた。

 トウマと同じ。

 あたしの涙腺は途端に緩み出す。それをグッと耐えて、あたしはまた俯いた。


 セラディスの手があたしの髪をゆっくりと撫でる。まるで小さな子どもをあやすように。

 悔しい。あたしは大人の女だぞ。


 でも、どうしてだろう。撫でられるたびにひとつずつ、心に刺さった棘が抜けていくような心地がする。


「愛してたんだ……」


 思わずこぼしてしまった言葉を、セラディスは聞き咎めなかった。

 その代わりに、トウマと同じ、でもトウマよりも優しく響く声で言った。


「愛していますよ、私のマナシア」


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