意識がぼんやりと覚醒し、あたしは重い瞼を持ち上げる。見覚えのない天井。窓から差し込む優しい光。部屋全体に漂う、どこか厳かな空気。
病院ではなさそう。じゃあ、天国? ……ここはどこだろう。
布団の肌触りも違う。いつもの安物の化繊じゃなくて、柔らかくてふかふか。
しかも、なにこれ、あたしの手……白くて、細くて、やたら綺麗じゃない?
あたしは布団を跳ね飛ばし、バッと体を起こす。すると、ベッドのすぐそこに立っていた男の人が振り向いた。
「……トウマ?」
そこには、あたしの推しホスト、トウマがいた。
相変わらずの綺麗な顔。アッシュブラウンのサラサラな髪。深い青色の目(カラコンかな)。
今やっていた、指先で唇に軽く触れながら考える仕草も、見慣れたものだった。
あたしのトウマ。
――いや、違う。
服が違う。黒い礼服のような服装に、金の刺繍。胸元には黄金の太陽(?)の首飾りが下がっている。
「マナシア、大丈夫ですか?」
低く、穏やかな声。
……え?
え、ちょっと待って。
今、なんて言った?
「マナシアって……誰?」
あたしの問いに、トウマ(にそっくりな男)は眉をひそめた。
「あなたの名前です。マナシア・フェルヴェイン、私の妻。あなたが階段の下で倒れていたので、心臓が止まるかと思いました」
妻。
その言葉に、頭が真っ白になった。
「ちょっと待って、どういうこと? あたし、死んだはずじゃ……?」
自分の手を見てみる。刺されて倒れたときにアスファルトで擦った傷がない。お腹を押さえても、痛みひとつない。
まさか、あたし……別人に生まれ変わったっていうの?
「記憶が混濁しているようですね。頭を打ったのかもしれません。あとでお医者様に診ていただきましょう」
心配そうに言いながら、トウマ(にそっくりな男)はあたしの頬にそっと手を添えた。
優しい。
ホストのトウマとは口調も雰囲気もまるで違うけど……優しいところと顔はそっくり。
これは……神様からの贈り物?
転生したら、推しホストと結婚してました、なんて、都合が良すぎる話――最高じゃん!!
「うふふ、えへへ、あたしの愛しい旦那様ぁ」
「あの、その呼び方は……いつものようにセラディスと呼んでください」
「うん、わかった! じゃあセラディス、生還祝いにチュウして、チュウ~」
「……はい?」
セラディスは明らかに固まった。
「あの……マナシア、私は神に仕える身。たとえあなたと夫婦であっても、その……制約がありますので」
「制約?」
「ああ、やはり頭を打ったせいで……マナシア、我々夫婦は、婚姻の儀でアレオン神に誓いました。あなたが25歳になるまで、キス以上の行為はしないと」
……は???
25歳まで、デキない……???
「ちょ、ちょっと待って! あたし、今何歳?」
「22歳です」
「ってことは、あと3年、キスもエッチもできないの!?」
「エッ……慎んでください!」
「待って待って! ホントにデキないの?」
「そうです。それがアレオン教の教義のひとつですから」
「嘘でしょ!?」
最高の転生生活が、いきなり崖から突き落とされた瞬間だった。