「いや……他意はないんだ。その……友達としての好きだ……悪い忘れてくれ……オレ今日はやっぱり家帰るわ!!」
慌てて起き上がるなり逃げようとした腕は然に引かれてしまい、ベッドの上に押し倒される。
マウントポジションを取られると心臓の音が痛いくらいに跳ね上がり、一気に顔面の熱が上がった気がした。
どんどん近付いてくる然の顔を見れなくて目を瞑ると、意に反して鎖骨の上に額を乗せられる。
キスされると思っていただけに、残念のような、これで良かったような複雑な気持ちになった。ただ身体機能はバグっていてまともに作動してくれない。
——近い近い近い近い!
普段はもっとくっ付いているくらいなのに、今は酸欠になっているかのように目が回っていて気が気じゃない。
「初めて悠希を見た時……何で泣いてるのにそんなに頑張ってるんだろうって思った。でも次見た時は悔しそうにしてて、泣くのを必死に堪えてた。三度目に見た時、花が咲いたように嬉しそうに笑ってて、大人の男の人に頭を撫でられてた。ああ、この子はきっとその人に認めて貰いたくて褒めて欲しくて頑張ってたんだなって思いながら毎日ずっと見てたよ」
「え?」
然の言う男の人というのはきっと父だ。認めて貰いたかった。よくやったな、と褒めて欲しかった。そんな父は7年以上も前に他界している。生存していた時の話だと10歳くらいの話になる。
そんな前から知られていたなんて思ってなかった。
「俺、その時からずっと悠希だけを見てたよ。表情がコロコロ変わる頑張り屋さんの悠希が堪らなく好きだ。でもその後すぐ引っ越しちゃって、去年うちの両親が離婚してこの街に母さんと戻って来たから悠希を探してたんだ。悠希の事はガラス越しに見てただけだったから名前は知らなかったし、記憶を頼りに道場の場所をウロウロしてた。道場はもう潰れてたから八方塞がり。そんな時にさっきの奴らに絡まれるようになって、気がついたら族に加入させられてた。それからは喧嘩三昧。悠希がコロッケとメンチカツくれるまでは」
一度言葉を切った然がため息をつく。
「まあ、おかげで転校する羽目になってそこに悠希がいたから結果的に良かったんだけどね。あの時見た同じ笑顔だった。変わってなくて嬉しかったよ」
ただただ驚きしかなかった。父が病気で他界してからは、その時の道場はもう手放してしまっている。
「あの時……倒れてたのって……」
「悠希探してたら飯食べるの忘れてた。因みに重箱も態とだよ。どうしても悠希と一緒に食べたかったから、悠希の興味を引くように料理人たちにお願いしたんだ」
——うぅ、何か物凄く居た堪れない。
小っ恥ずかしくなってきて、顔が熱くなった。
聞こえるんじゃないかと思うほどに心音が激しくて、血の巡りが良すぎて鼻血が出そうだ。
それなのに、然がゆっくりと顔を上げようとするから思わずその頭を掴んだ。
「ダメだ! 然……今は顔を上げないでくれ。オレを……見ないで」
今までかつてないくらいに変な顔をしている自信がある。無理やり押さえつけていた両手を取られて顔を覗き込まれた。
こちらの熱気にあてられたのか、然の顔も一気に赤くなっていく。
「か、かわ……っ、ん゛ん゛ん゛!!」
「~~っ!」
二人してベッドの上にうつ伏せて顔を隠す。胸の高鳴りが治まるまで物凄く時間がかかった。
「う……っ、然のバカ」
弱々しい声音になる。
「悠希を好きでいていいなら、バカでいい」
その後、然の家の家政婦が食事だと呼びに来てくれて、テーブルについてからも目が会う度に互いに赤面する羽目になって困った。
気持ちを自覚してしまうと、何故か今まで何とも思わなかった行為一つ一つが気恥ずかしくて大昔のロボットのようにぎこちない動きになってしまった。
然の気配がするだけで、隣にいるだけで心音が高鳴る。触れられようものなら酸素が足りなくなって眩暈がする。
——倒れそうだ……。
視線さえ合わせられなくて俯く。
「然、あの……」
「俺いま悠希が嫌いな言葉を連発したい。ダメ?」
「!!」
——それってつまり……。
そんな熱の籠った目で見るのはやめて欲しい。気恥ずかしくて堪らない。まさかあの禁句でこんな気持ちになる日が来るなんて思わなかった。
ああ、ダメだ。本当にダメだ。心臓がもたない。
「ダメ……オレの心臓が止まる。勘弁してくれ」
教室でコソコソと会話していると、近くの席にいたクラスメイトに交互に顔を見られていた。
「お前ら本格的に付き合いだしたのか?」
「付き合……っ!?」
「まだ。これから慣れさせてからだよ。その前に全方向完全に包囲はしたけれどね」
然の声が弾んでいる。
言葉にされるとまた心音が激しくなってきて挙動不審になってきた。
このまま不整脈や心不全で倒れそうだ。
脳に酸素が回らなくなってきて、机の上に上体を倒す。
——ムリムリムリムリ。恋愛初心者にはムリ。慣れそうにないよ。
「息しろ、黒川。つうか、いつもこれ以上に小っ恥ずかしいやり取りしてたのに気持ちに気がついた途端にウブになるって何なん?」
呆れた口調で問われる。
「うるさい……分かっててもどうにもならないんだよ。然に触れられると心臓止まりそう……っ、今はムリ!!」
「ふはっ、マジで恋じゃん!」
自分でも思う。本当にどうしてあんなにベタベタと然と絡めていたんだろう。おかしいと言われた意味がやっと身に染みて分かった。
しかも気がついた時には既に時は遅く、執着男だった然にあらゆる方面から退路を絶たれていて逃げ場がない。今はもう悠希に近付くのは然のみだ。
「悠希、これからもずっと大好きだよ」
甘く蕩けた表情で然に囁かれる。
——それやめろ!!! オレの心臓を破裂させる気か!
その前に……。
「然……お前、今までのも態とだったのか」
「うん。悠希が手に入るなら俺は何でもするよ」
朗らかに笑った然にふんわりと抱きしめられて、危うく心臓が止まりかけた。
——顔が良いってズルい……。
ドキドキするのを通り越して、口から心臓が出て来そうだ。
それでも幸せそうに微笑んでいる然を見ていると、こっちまで嬉しくなってきて、同じように微笑んでから然の頭を優しく撫でつけたのだった。
【了】