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半年くらい経って妙な噂を耳にするようになった。
夜な夜な然が何処かの族と喧嘩しているというものだ。初め耳にした時、出会った時の然を思い出してしまって落ち着かない気持ちにさせられた。
しかもメイクで隠してはいるが、打撲痕のようなものが顔や体にある。只事ではない気がして声をかけた。
「然、今日空いてる? 家に行きたい」
「ごめんね。しばらくの間予定が埋まってるんだ」
「そか。それなら仕方ないな」
——用事って何……? オレより優先する予定って何だよ?
こんなのは今まで一度もなかった。
先に帰っていく然の後ろ姿を見ていると、胃がムカムカして気分最悪になってくる。
——オレに飽きた? それともオレの他に気の合う友達でも出来た? もしかして彼女?
どちらにせよ面白くなかった。
然が己以外を優先するのが面白くないし腹がたつ。
何か己には言えない理由があるのかもしれない。でも話して貰えない事も悔しくて、また寂しく思えた。
——あーもうムカつく! オレを悩ませる然が悪い! お前の隣はオレの場所だろ!!
理不尽な怒りが爆発する。
この目で実際真偽を探ってやろうと、学校が終わってから然の後をつける事にした。
30m先を歩く然の後ろを追いかけていく。すると、普段は通らない道を迷いなく歩いて行き、ある建物の前で足を止めた。
——何しに行くんだアイツ?
潰れたゲームセンターなんてガラの悪い奴らの溜まり場だと相場が決まっている。然は戸惑いもせずに中へと入っていった。
周りを見渡して、悠希も後に続く。
「よう、然。今日も逃げずに来たな。気は変わったか?」
「変わらない。俺はもう抜けると言った。やるならさっさとしてくれない? その代わり約束は守ってよね。俺らには手を出すな」
会話の途中で男が然の鳩尾に蹴りを入れる。苦悶に表情を顰めた然が男を睨んだ。
「十日間耐えられたら族を抜けて良いってやつか。ああ、良いぜ? その代わりに今度はお前が最近連んでるってダチだけを標的にしてやるよ。約束したのは二人って話だから約束は破ってないぜ?」
下卑た笑いがゲームセンターの中に響いていた。十人……いや、二十人くらいはいそうだ。
「あ゛? てめえ……」
片膝をついた然が立ち上がる。嫌悪感を露わに冷めた視線で誰かを見つめる然は初めて見た。
——なるほどな。これのせいか……。
然の怪我も、己に秘密にしていた理由も分かった。
それを踏まえてその場に飛び込む。
「然!!」
「悠希?」
「何だ、自分から来ちゃった……ごふっ!?」
近寄ってきた男の足を払って思いっきり地面に叩きつけるなり、鳩尾に肘をいれると男は動かなくなった。
「オレは守られる程弱くないって言っただろ、バカ然。やるならオレも混ぜてくれよ」
体をくの字にして然が笑う。
「悠希って最高。昔から負けず嫌いで強くなろうと我慢しながら泣いても努力やめないし。もうホント……見てて飽きない」
「え?」
——昔から?
流石に動揺した。
話していられたのもそこまでで、残っていたヤンキー相手に二人で相手をする羽目になってしまった。
こんな土埃や青あざだらけで家に帰るわけにもいかずに、結局然の家に行く事になってしまった。
そこでシャワーを浴びた後で手当を受けて二人してベッドの上で転がっている。
汚れた制服は家政婦がクリーニングに出すからと新しい制服を手渡され、持って行った。
——どうしてオレのサイズを知っているんだろう……。
恐るべし蓮水家である。
「さすがに二十人はしんどかったね」
「確かに。久しぶりに全力で喧嘩した」
先輩に呼び出されてもせいぜい二~三人といったとこだったから、今日の出来事は疲労困憊もいいとこだ。
横向きになって然と目が合うなり、訳もわからず笑えてきて二人で笑った。
散々笑った後で、真っ直ぐに視線が絡んだ。
心臓がトクリと温かい音を刻む。
——ああ、やっぱり安心する。
一緒に居るのは然が良い。然の隣は心地良い。どうしてなのか考えて「ああ、そうか」と思い至る。
「オレ、たぶん然が好きだ」
率直に言葉にしてしまった。だから離れて行こうとしているように見えた然を見て腹が立ったし面白くなかった。
——然はオレの……。誰にも渡したくない。
「お前の一番はオレじゃないと嫌だ。然の隣に居るのはオレがいい……、て、あ……」
独り言のようにそこまで言って、ようやく勢いで告白してしまったのだと気がつき青ざめた。
——やっべぇーー! うっかり口を滑らせた!!!
せっかく風呂に入ったのに滝のような冷や汗が流れる。
然は口を半開きにしたまま瞬きもせずにこちらをガン見していた。