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然と会って三ヶ月が経過していた。
今日のクラス内は朝から賑わっていて、慌ただしさまでもがある。
何でも転入生が来るらしく、しかもその生徒がイケメンだとかで女子の裏返った黄色い声が飛び交っていた。
さして気にもせずに窓際からボンヤリと外を眺めていると、騒がしかった教室内がもっと騒がしくなったのが分かった。
「悠希、見つけた!!」
「へ?」
突然両脇に手を差し込まれて持ち上げられたかと思いきや抱きしめられた。
人目を気にする余裕などなくされるがままになっていたが、あまりにも長いので己を持ち上げている主の頭を叩く。
「いい加減にしろ! 誰だよあんた!?」
少し体を離されたので初めて顔を拝めた。そのまま動きを止める。
「あれ……あんた前に会った腹ペコ男じゃないか」
「同じクラスで安心した。違うクラスなら、悠希と同じクラスになれるまで暴れようかと思ってたから」
——うん、同じクラスで良かった。
名指しでこの190センチはありそうな大男に暴れられたら全校生徒に名前を覚えられそうだ。そんな恐ろしい事にならなくて良かった。本当に良かった。
「何だやっぱり黒川の知り合いか。同じクラスにしといて正解だったな。こいつが暴れると先生止める自信ないわ。んじゃ皆席につけー。転入生は、と……」
——アンタ教師だろ! 止めろよ!
教師がクラスをぐるりと見渡している。空いている席をさがしているのだろう。
然だけは悠希の真横の生徒をガン見していた。
——脅すな脅すな。目、見開き過ぎだから……。瞬きを忘れるな。あいつめっちゃ脂汗かいてるじゃないかよ。
あまりにも不穏な空気を察した生徒が飛び上がらんばかりに席を立つ。
「せせせ先生~僕目が悪いので前の空いてる席に移動したいので転入生はここの席でも良いですか?」
プルプル震えながら、真横に座っていた男子生徒が荷物をまとめて逃げるように席を離れていく。
——あいつ、目ぇ悪かったっけ?
そんな事実はなかった気がする。
「そうか? なら蓮水は黒川の隣に座ってくれ」
「分かった」
もしかして己はとんでもない男を餌付けしてしまったのではないか? そんな考えが脳裏をよぎった。
ため息をついた悠希とは対照的に、然はかつてない程に上機嫌で、隣でぶすくれている悠希を眺めていた。
——面倒な事になったな……。
授業が開始されたものの、然は前を向かないままずっとこちらを見ている。
たまにチラリと視線をやるとバッチリ目が合った。
教師の逆鱗に触れ幾度となく当てられるが、全問正解なのもありやがて教師たちは何も言わなくなった。
——転入してきたばかりで頭も良いとかズルくね?
ムカつくので、腕を伸ばして然の頬をつねる。然はドロドロに蕩けた甘い顔をするだけでちっとも堪えた様子はなかった。
「然、次体育だから案内するよ」
「今行く」
歩きながら女子生徒が然を見てキャーキャー言いながらはしゃいでいた。聞こうとしなくても耳に入ってくる。
当然と言えば当然なのかもしれない。然はバスケ部員やバレー部員並みに長身でガタイもいい。
その上、モデルだと言われても違和感ないくらいに顔も整っている。
——隣歩くのヤダなー。
平均身長にも満たない己からすれば羨ましい事この上ない。比べられるのが本当に嫌だ。
——くそ、縮んでしまえ。
単なる妬みだと分かりながらも、心の中で悪態をついた。
体育館につき、先ずは体操着だけを取り出して先にロッカーに荷物を詰め込む。しかし、制服のシャツを脱いだ瞬間にズボッと体操着を頭から被せられた。
——曲芸かな……。
意味が分からない。
「破廉恥」
「いや……体育なんだから脱ぐだろ普通。つうか破廉恥なんて言う奴お前くらいだぞ。じいさんかよ!」
「悠希は駄目。誰かが見てたらどうするの?」
「オレの裸なんて見ても誰も得なんてしないよ」
笑った。
——訳わかんねえなコイツ。
上半身を見られたからって男なのだからどうって事ない。
空手をやっているのもあって細身ながらも多少は筋肉もついている。見られて恥ずかしい程に貧相な体はしていない。
「オレは変質者かよ。然て変。おかしい」
「こんな可愛い変質者なんていないよ。悠希は連れて帰って愛でたいくらい可愛い。拐われないように俺が一生守るから」
「は?」
カチンときた。
——可愛い……だと?
しかも二回も言われた。
己にとって〝可愛い〟は禁句だった。もはや地雷に近いレベルで言われたくない言葉になっている。
「お前がオレに喧嘩売ってんのは分かった。もう然なんて知らない」
言い合いをしていると「お前ら授業始まるぞ」というクラスメイトの呼び声に、慌てて着替え終わるなり体育館の集合場所に向かった。
——ああ、イライラする。
「悠希?」
「……」
「悠希、怒ってる? ごめんね?」
わざと無視を決め込む。
気分は絶賛急降下中。吐息すら合わせるように隣に張り付いてくる然の存在が今は煩わしくて堪らない。
体育が終わって次の授業に移っても気持ちの切り替えが出来なくて、窓の外ばかりに視線を走らせる。
昼食の時間になってようやく気持ちが落ち着いてきたら、少し申し訳ない気持ちになってきた。