パーティは明日の午後。
パーティ用のドレスを準備をする。
ドレス店から沢山の箱を抱えたロボットが幾らかやってきて一気に部屋が華やかになる。
竹千代は老婆には見えない装いでハイヒールを合わせている。
ヨシノも正装して鏡の前に立つ。
『おや、あんたの親父にそっくりだね。』
『似てる?父さんのこんな姿一回も見たことなかったけど。』
『ああ、似てる。なあヨシノ。』
竹千代は指先で口紅を調えながら鏡越しにヨシノを見る。
『あんたは知らんだろうがハガネの置かれた環境は最悪だ。あの子はどうせ何も話せなかったんだろう・・・でもあんなに穏やかにしているのは初めてだったんだよ。ヨシノ、あんたはあの子を愛せるか?』
ネクタイを触っていたヨシノは視線を落とした。
『・・・俺はハガネが好きだ。愛・・・とかはまだわからないけど。』
『そうか、でもいずれわかるさ。何も代えられないものが愛だ。』
『婆さん・・・俺は男だよ。ハガネだって・・・それでもいいんかな?』
竹千代はガハハと笑うとハイヒールを脱ぐ。
『ばかばかしい。そんなものお互いで決めりゃいい。惹かれあうものは仕方がないんだ。くだらないそんな妄想に付き合うのならやめておけ。ハガネが可哀相だ。でもあんたが傍にいたいと願うなら必死でやりゃあいいさ。』
言葉にならずヨシノは頷いた。
『じゃあ今日はもう寝る。あんたもさっさと寝ちまいな。綺麗な顔が台無しになっちまう。おやすみ。』
『おやすみ。』
ドレス店のロボットが選んだもの以外のドレスを片付けて帰っていく。
綺麗に整えられたドレスが部屋にかけられていた。
ヨシノはパチンと両手で頬を叩く。
しっかりしないと・・・鏡に向かって自分をにらみつけた。
翌日、早くから二人はパーティの準備をし自動運転タクシーを呼ぶとリクノビューティのパーティ会場へ向かう。
会場は高級住宅街のセレスマンションという場所で中はすでに賑わっている。
玄関を抜けると広いリビングには着飾った人が大勢いた。
竹千代を前にヨシノもついていく。
リクノビューティの社長、岡田メアリが竹千代を見つけるとすぐに駆け寄った。
まるで女神のようなメアリは微笑み竹千代の手を握る。
『お久しぶりです。良かった、来てくださって。』
『そうだね、元気そうで良かったよ。悪かったね、あんたが大変な時に何もしてやれなくて。』
『いいえ、そんなことはありません。こうして来てくださって嬉しいわ。』
『そうかい。アイリスはどうしているんだ?』
メアリは眉を少し動かすとまた元の女神の微笑みに戻り頷く。
『ええ、元気ですよ。今日はあの子の婚約者のお披露目ですから。』
『そうかい。あ、ほら、呼んでいるよ?いっておいで。』
部屋の奥の大柄の男がこちらを見ているのに気付いて、竹千代が視線を向けた。
メアリもそちらを向いて微笑む。
『本当だわ、じゃあ、ゆっくりなさってね。』
メアリはヨシノに微笑みかけて部屋の奥へと消えて行った。
『あれはアイリスの姉だ。』
竹千代は小さな声でヨシノに話す。
『綺麗な人だね。』
『・・・ああ、でもアイリスとは違うよ。』
意図を計りかねてヨシノが顔を上げると、階段からゆっくりと誰かが降りてきた。
ハガネだ。
綺麗にスーツを着こなし髪を上げている。
美しい顔がこれ以上にないほど綺麗に見えた。
会場にいた女たちが彼を見上げている。
羨望に似た眼差しにどこかいやらしさが見えた。
ヨシノの傍の女たちがひそひそと話し出す。
『今日は結婚相手を選ばれるそうよ。』
『やっぱりそうなんだ。期待できるかな。』
そんな言葉が耳に入ってくる。どうやらお披露目と言うのは本当らしい。
それにしてもハガネの顔色が悪い。ちゃんと眠っているんだろうか?
ハガネの傍には近寄れず少し離れた場所で竹千代と彼を見守っていると、大柄の男がハガネの隣に立ち耳打ちする。
するとハガネの顔色はますます青くなった。
さっきあの大きな男はメアリの夫だと祖母が教えてくれた。
いやな感じがして、眉をひそめるヨシノの背中を竹千代はぽんと叩く。
『行ってこい。』
背中を押されてヨシノは歩き出した。
人ごみを掻き分けて壁際にいるハガネの隣に滑り込んだ。
『・・・ヨシノ?久しぶり。』
囁くような声に元気はない。
『久しぶり・・・元気に・・・ではなさそうだ。』
『うん、あんまり眠れてない。』
ハガネは持っていたグラスを傾ける。
『今日は来てくれてありがとう。僕は頑張れそうだ。』
『何を?』
『結婚相手を選ぶんだよ。』
ふらりと足を踏み出してハガネは遠くを見る。冷たい目で来客を見回した。
『・・・ハガネ、何でそんな顔・・・。』
『僕が逃げる唯一の方法なんだ。』
ハガネは何度か視線を動かすと何か決めたように一歩踏み出した。
ヨシノはその手をぐっと握り引き寄せる。
それに驚いてハガネは目を見開いた。
『ヨシノ?』
『おかしいだろ、そんなの。』
ハガネの手を握る力が強くなる。
ヨシノはじっと彼の目を見た。
その目が揺れている。
『僕はこのままじゃ一生人形のままなんだ。君にはわからないよ。』
『わからないよ。何も話してないんだから。俺はちゃんとあんたに言ったはずだよ、覚えてる?』
ヨシノはハガネの手を引き寄せ近づいた。
『覚えてる。嬉しかった・・・とても嬉しかったよ。』
周りがヨシノたちに注目を始め視線が注がれる。
ザワザワする中でヨシノはハガネだけに聴こえるように言った。
『俺はあんたが好きだよ。初めて会った時よりもずっと好きになってる。』
『ヨシノ・・・僕は君を巻き込みたくない。僕は君が思うような人間じゃない。』
ハガネの目に涙が浮かんで頬を伝った。
『なんだよ、それ。くだらない。俺はハガネが好きなんだよ。それは全部で他はないんだ。なあ、あんたはどう思ってる?』
涙を指でぬぐって頬に、髪に触れた。
『・・・言いたくない。僕は・・・。』
ハガネが目を逸らしたのでヨシノは彼を抱きしめる。
周りのどよめきの中に竹千代を見つけて彼女の微笑みを見た。
『・・・でもいずれわかるさ。何も代えられないものが愛だ。』竹千代の声が聞こえた気がしてヨシノは微笑む。
『ハガネ。聞いて。俺はアンタが好きだ。・・・違うな、この思いはきっと愛してるだ。俺、初めてだよ?人に愛してるなんて言うの。』
腕の中でハガネが泣き出してヨシノは彼の耳に顔を近づけた。
『何回でも言う。愛してる。愛してる。嘘なんかじゃない。』
こんなに人が見てる前でハガネにしか聴こえないような囁き声であっても、もう二度とすることなんてない。
ヨシノはハガネの顔を上げさせるとそっと口付けた。
『愛してる。』
『ヨシノ・・・。』
ヨシノの手がハガネの髪を崩して前髪がはらりと落ちた。
『僕は・・・君を選んでいいのかな?』
泣き顔のハガネにヨシノは微笑むと頷いた。
『いいよ、選べよ。』
『嫌なことばかりかも知れないよ?』
『愛する人を手に入れて何が嫌なことだよ。くだらない。俺が全部飲み込んでやる。』
ぎゅっと抱き寄せる。
胸にすがりつくようにハガネは頷いていた。
その時、すぐ傍に岡田メアリ、ハガネの姉が立っていた。
その顔は女神とは違い恐ろしいまでに怒り狂っている。
『アイリス、離れなさい。こんなの認められない。』
彼女は声を抑えていたが次第に声を荒げて捲くし立てる。
そこへ大柄の男がやってきた。
『いいじゃないか。丁度いい。メアリ。これで放り出せる。二度と岡田の家にも入れない。丁度いいじゃないか。』
『ダーリン、そんな!』
メアリの腕を掴んで男はヨシノににっこりと笑った。
『ふつつかな義弟をよろしく頼むよ。さあ、一緒に出ていってくれ。これ以上醜態を曝さないでくれ。』
会場がしんと静まり返るとメアリの泣き声が響いた。
ヨシノは真っ青な顔のハガネの手を引いて会場を後にした。
自動運転タクシーの中、ヨシノにもたれたままハガネは気を失った。
リクノビューティのパーティはその後恙無く続けられたと、その場に残った竹千代が帰ってから教えてくれた。
ハガネのことがどのように触れられたのかは言わなかったが、大体想像はつく。
津場砂の家の縁側で、暖かい陽射しを浴びながらハガネはぼんやりと座っていた。
パーティからは随分と長く時間が経っていた。
ヨシノも竹千代も何も言うことはない。
ただ体を休めろとは口を酸っぱくするほど言われていた。
ここに来てからハガネは熱を出し、随分と長く床に臥せっていた。
やっと熱が引いたのは二日前で、今朝やっと体を動かすことが出来るようになった。
『ハガネ?』
奥の部屋からヨシノがお茶を持ってやってきた。
ハガネの傍に座ると盆を置いてハガネの額に手を当てる。
ヨシノはずっとこんな感じだ。
『大丈夫だよ。ありがとう。』
『そう?良かった。』
あれからのことをヨシノは話してくれていた。
パーティは内輪だったためにハガネへの中傷はなかったが、メアリからのヨシノへの攻撃はあったようだ。
それもダーリンが海外赴任を決めて、リクノビューティの拠点を変えることで決着がついたようだった。
もう二度とハガネに関わることはない。
それはハガネが帰る場所を失くした事実でもある。
ヨシノはそれだけ伝えるとハガネの登録情報を変更した。
晴れて藤木ハガネと名前が改められ、ヨシノがハガネの帰る場所になった。
『冷めちゃうよ?』
カップを差し出されてハガネは両手を暖める。
『これでよかったのかな?僕は君に迷惑を・・・。』
ヨシノはフフと笑うと肩膝を立てて顎を乗せた。
じっと見つめる瞳が優しくて続く言葉を飲み込んだ。
きっとあの日と同じ、彼は嬉しいことしか言わない。
カップを置いて、両手を後ろにつき空を仰ぐ。
『ヨシノ。』
『うん?』
『僕は・・・君にとても感謝してる。・・・出会えてよかった。』
『そっか。俺も良かった。ハガネに恋をして。』
ヨシノはくったくなく笑う。
ごろんと寝転がると寝そべったままハガネを見た。
『まだ・・・俺は聞いてない。』
『何?』
なんのことかと顔を覗きこむとヨシノは悪戯な顔をする。
『好きだって、愛してるって聞いてない。』
きっと意地悪のつもりなんだろうとハガネはヨシノの顔に近づいた。
『好きだよ。愛してる。』
目の前の顔が赤く染まり、心底嬉しいのかヨシノは両手で顔を隠す。
あの日はあんなに格好良かったのに、どうしてこんなに可愛くなるんだろう。
ハガネはそれを見て声をあげて笑った。