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第3話

幼生国立病院。

ギックリ腰で入院していた竹千代が退院する日、ヨシノは病室に顔を出した。

ベットの上でピンピンしている竹千代が手を上げた。

『お、ヨシノじゃないか。きてくれたのか?』

『うん。入院が長引いてびっくりしちゃったよ。』

ガハハと竹千代が笑う。

ギックリはすぐに治っていたものの、病院を出た先で運悪く自動運転タクシーに轢かれ、軽症だったもののタクシーが病院専用だったこともあり、ほぼVIP扱いで入院させられていたのだ。


『一人で帰れるもんだけどね?』

『まあ、そうだろうけど。病院から連絡があったんだよ。事故があったから不安なんでしょ?』

竹千代は微妙な顔をして笑うとヨシノの顔を見て眉をしかめた。

『うん?何かあったか?』

『え?』

『あんたの母さんも同じような顔してた時があった。あんたの父さんと会った頃かなあ・・・。うん?恋でもしたか?』

『ああ・・・うん。』

病室を出て医療者に見送られ自動運転タクシーに乗り込む。

すうっと音もなく走り出すと竹千代は隣に座るヨシノの背を叩いた。

『聞いてやる。なんだ?』

ヨシノは大きく息を吐くと竹千代の顔を見た。


『なあ・・・婆さんはハガネのことどう思う?』

『ハガネ?・・・ああ、アイリスか。どうした?友達にでもなったか?』

『・・・うん。』

『アイリスのことを聞きたいのか?』

竹千代の言葉にヨシノはこくりと頷いた。

『・・・ふうん。まあいいか。アイリスはいい子だよ。お前もそこが好きになったんじゃないのか?』

『なあ、婆さんは・・・俺の事、変だと思う?』

竹千代は少し黙るとうんと小さく唸ってから腕を組んだ。

『いいんじゃないか?今の時代はなんでもありだ。お前が選んだのならそれでいい。それにアイリスなら問題なんてないさ。』

『なあ・・・なんでアイリス?』

『ああ、アイリスはハガネの子供の頃の名前だ。母親がつけていた名前。母親が異人でな、ほら・・・容姿がああだろ?』

『ああ、うん。』


初めて会った時、光りに照らされたハガネは宗教画で見るような綺麗な人に見えた。

柔らかそうな髪に白い肌、少し淡い色の瞳が印象的で。

『母親も大層綺麗な人でな。あたしの友人だったんだ、息抜きにあたしの店に来ては遊んでたよ。アイリスは・・・ちょっと色々あってね、母親も心配してたがポクっと逝っちまって・・・あの子の家にまでは乗り込んではいけないからアイリスに何かしてやるのは難しかったんだ。だから今もこうしてあの子が来るたびに受け入れてる。』

『何か・・・って?』

竹千代は首を振る。

『それは本人が言うべき話だ。ただ・・・お前がアイリスを好きなら、大切にしてやれ。時々寂しそうに笑うからな。』

『・・・うん。』

ヨシノが少し思い悩んだように俯くと、竹千代がその頭をくしゃくしゃとかき回した。

『しっかりしろ。お前の母さんはもっと強気だったぞ。』

『強気って言われても・・・。』

ヨシノの思い出の中にいる母はそんなに多くはない。

父も先に他界してしまったから、そもそもなれ初めなんて知らない。

竹千代に聞いてもいいんだろうが、そこまで興味も持てないし。

『まあいい。お前がすべきはしっかりすることだよ。』

竹千代はもう一度ヨシノの頭をわしわしとかき回した。



煙草屋津場砂、店のガラス戸を開けて商品を整える。

右手にあるロボットを起動させて営業開始をさせるとヨシノは小さく息を吐いた。

煙草屋は竹千代の道楽だ。この時代に煙草を好んで吸う奴なんて殆どいやしない。

昨日、竹千代が店に立つと聞かないので、今日は大事をとってヨシノが変わったのだ。といっても座ってばかりで何かをするわけじゃない。

殆どの店は形ばかりで店番ロボットが居れば成り立つ。特に人が何かする必要はない。

閑古鳥が鳴く店先のベンチで、竹千代が煙草をふかしていても問題はないのだ。

あ、と思い出して祖母専用の引き出しを開ける。

小さな道具箱を取り出すとヨシノは手際よく紙巻煙草を作る。

『どうせ暇ならあたしの煙草を作っておけ。』という命令だ。どっちみち彼女は自宅のほうでお菓子を作っていることだろう。それも道楽の一つらしい。

幾つか煙草を作って専用の箱に収めると綺麗に片付けた。


視線を上げると昔ながらの時計が秒針を刻んでいる。もう昼だ。

ヨシノはいつも竹千代が座っている表のベンチに移動すると、うんと背伸びをした。

シティは当分は快晴らしく人工雨の予報もない。ベンチに座ると足を投げ出した。

見上げた空に人工太陽が光っている。

青空には不似合いなオレンジで本物の太陽もあるらしいけど観測するのは難しいらしい。


ふうと溜息をついて遠く視線を投げる。その先に見えた人影にヨシノは立ち上がった。

優しい風に吹かれて遠くからゆっくりとハガネが歩いてくる。

髪がキラキラ光って時々邪魔なのか手で押さえてを繰り返す。

ポケットに両手を突っ込み歩いてくる姿が嬉しくて声をかけようか考えたが、逸る気持ちを抑えてベンチに座った。姿が見えただけで気持ちがこんなにも嬉しくなるなんて。

一刻も早く声を聞きたいと思うなんて。


それでもハガネがこのまま津場砂に向かってくるかはわからない。

用事なんてないかも知れないし、ましてヨシノに会いたいと思っているとは限らない。

声をかけたほうがいいだろうか?少し手前の道で曲がって行ってしまったら・・・。

悩んでいる間にハガネとの距離は近づいてくる。

顔を上げるとハガネはこちらを向いて手を振った。

それだけなのに心臓が爆発しそうだった。

『こんにちは。』

ハガネはすぐ傍まで来てにこりと笑った。

『うん、こんにちは。・・・今日は散歩?』

『そう。仕事がめんどくさくて逃げ出してきた。竹千代さんは?』

『ああ、うん。婆さんなら平気。今日は大事をとって休ませてる。』

ベンチの隣に促すとハガネはヨシノの隣に座った。

『そっか。良かった。』

ハガネが笑うのを横目で見ながら、彼の顔色が悪いことに気付いてヨシノは顔を覗きこむ。

『あれ?どうした?なんかあった?』

『え?』

『なんか・・・具合悪そうに見えるけど。』

『・・・そんな・・・ことはないよ。大丈夫。・・・もしかして心配してる?』

ハガネの言葉にかぶせるようにヨシノは声を荒げた。

『心配する!・・・ごめん、大きな声出した。』

大きな目を見開いてハガネがヨシノを見る。そして可笑しそうに微笑んだ。

『うん。ありがとう。本当に大丈夫だよ。』

『そっか。』

心配している自分もいる、けど微笑むハガネが愛しくてヨシノは目を逸らした。

『あのね・・・僕は。』

ぽつりぽつりとハガネが話し出す。

『君に会いたくなったんだ。』

優しいハガネの声にヨシノは泣き出しそうな気持ちで彼を見た。

ハガネはただ嬉しそうに微笑んでいた。



『こっち。』

ハガネの手を引いてヨシノは自室に入る。

竹千代に断って店を閉めると、二人だけで話をしたくてハガネの手を掴んでしまった。

彼は怒ることなく小さく頷いておとなしく付いてくる。

ヨシノの自室は竹千代の自宅二階にある。

階段を上がって廊下越しに二部屋あり、手前を寝室、奥のもう一つを趣味の部屋にしていた。

ドアを開いて窓際に立つとカーテンを開く。この部屋の電気は壁際の小さな照明だけ。

ヨシノの後からハガネが部屋に入ると彼はぐるりと見渡した。

『本が沢山あるね。・・・沢山絵もあるね。』

『うん。本は母さん・・・えっと亡くなった母の遺品でもある。俺も読むんだけどね、母の本は難しいんだ。』

『そっか。大切なものだね。』


ハガネは窓際の明るい場所に立つと窓に手をかけた。

『開けてもいい?』

ヨシノが頷くとハガネは窓を開けた。ふわりと風が入ってくる。

風に吹かれながらハガネは窓に背を向けてヨシノに向き合った。

『少し・・・話をしてもいい?』

『うん。』

ヨシノは本棚の前の椅子に座る。

目の前にいるハガネは後光が射したように綺麗に見えた。

『・・・ここのところ仕事が忙しくて、散歩もできなくてね。外に出たくなったんだ。フラって歩き出したら津場砂が浮かんで・・・来てしまってた。』

『うん。』

『来る間・・・君が僕を好きだって言ってくれてたのを思い出してた。』

ヨシノは言葉に出さず頷くとハガネは首を傾けて微笑む。


『僕は・・・誰かに好きなんて言われるのは初めてだった。ずっと自分は嫌われ者だと思ってたし、誰かが自分に会いたいなんて思わないって思ってた。だから人と関わるのは避けてたんだ・・・って言っても今はそんなに人と会うってことも少なくなってしまったんだけどね。津場砂に来たら竹千代さんに会える。そして君、ヨシノもいる。初めて会った時・・・驚いたけど、少し話が出来て嬉しかったんだ。』

『うっ・・・。』

あの日のことを思い出して、ヨシノは両手で頭を抱えてうな垂れた。

『ごめん・・・あの日は本当に。』

『いいよ、別に。あの子とはもう?』

うん、と頷いて右手で頬に触れた。

あの日、服をかき集めた彼女は真っ赤な顔で目を吊り上げて片手を振上げるとヨシノの頬に叩きつけ、さよならと告げると二度と会うことはなくなった。


『・・・あれ以来さっぱり。』

『悪いことしたね。ごめんね・・・』

『違うから。・・・っていうか、本当に気にしないで。もうああいうことないから。・・・って、違うか。』

ハガネの言葉を遮って被せるように言い訳をする。ヨシノはああ、と片手で額を押さえた。

『ごめん。俺・・・なんか余裕ないんだ。』

『・・・そっか。分かった。』

ハガネは怒るでもなく呆れるでもなくただ微笑む。なんでこんなに優しいんだろう?ヨシノはそんな風に思うと胸がぎゅっとした。

『・・・まだ、自分の気持ちがよく分からないんだけど。』

『うん?』

『僕は君と一緒にいるのが好きだと思う。リラックスできるし・・・触れられても嫌な感じがないから。』

『それって・・・。』

ハガネは首を横に振る。

『・・ううん、まだよくわからない。だから・・・それでもいいかな?まだ僕も自分のことよくわからない。それでも君の傍にいてもいいかな?もっと話して、もっと触れてみたい。そんな風なのは駄目かな?』

凛としたハガネの瞳がヨシノに注がれている。

告白のように聴こえた言葉が嘘みたいでヨシノの心臓は大きく音を立てていた。

『・・・も、勿論。』

顔を見るだけで、好きが口から零れそうになる。

『・・・と、友達ってこと?』

そう言って少し後悔した。

もし彼がそうだと言えば、この気持ちの行き場はなくなってしまうから。

ヨシノはちらりとハガネを見る。

ハガネはまた首を横に振った。

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