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第2話

岡田商会。リクノビューティという化粧品を展開している。

最近ではコンパクトタイプのパレットで、鏡に顔を映して数秒でメイクを転写するミラージュという商品を発売、ロボットとは違い自分で何かしたいという層に好まれ次も待望されている。

ハガネは岡田商会の長男であるが、長女のメアリが社長に就任している。

メアリとは年が離れており、姉という感覚はない。

自宅で会うにしてもすれ違う程度であまり話をすることもない。


自宅のリビングのモニターには多くの化粧品メーカーのCMが流れている。

殆どはロボットやカプセルなどのもので、主流になっているのはカプセル型のメイク用品で幾つかのサンプルから好きなものを選んで登録し、カプセルに入るとヘアメイク、フェイスメイク、ネイル、肌の装飾などが出来る。

数分で出来るために人の技術などはもう必要がなくなったが、やはり自分でやってみたいと思う人も少なからずいるらしく、そこをリクノビューティが狙い目にしている。


ハガネはモニターを横目に、自室に戻るとテーブルの上の空のタッパーを見る。

あれから少し忙しくしていたためにほったらかしにされていた。返却の必要がある。

スケジュールを確認してから鞄にタッパーを入れて玄関へ向かう。

丁度玄関先で車から降りてくるメアリとかち合った。

『アイリス、出かけるの?』

すらりとした体に美しいドレスのようなスーツを見に纏っている。

異国人の母に似た顔に父譲りの美しい漆黒の髪が巻き毛で彼女の動きに合わせて揺れている。

『ええ。』

ハガネは彼女の隣を行くとその腕を掴まれた。

『たまには目を合わせて話してくれてもいいんじゃない?子供の頃はそうしてくれたでしょ?』

白い指先は薔薇色のネイルが毒々しい。大きな装飾の指輪がキラキラと光っている。

ハガネはいやいや顔を上げるとメアリを見下ろした。

『・・・急ぎます。すいません、お姉さん。』

メアリの指をはがしてハガネは振り返らず歩いていく。

黒光りする車を通り過ぎ海の方角へ歩き出した。


この家は好きじゃない。

ぐっと歯を食いしばってポケットに両手を突っ込んだ。

いつの間にか綺麗に磨かれた革靴に舌打ちして煉瓦の道を歩いていく。

潮風が頬を撫でる頃には少し気分も落ち着いてきて、商店街に入ると津場砂を目指す。

煙草屋に着くと竹千代の姿はなく店は休みの札が上がっていた。

店の中をガラス越しに確認してから路地に入る。裏から竹千代の家へと入ると縁側から声をかけた。

『こんにちは。竹千代さん?』

縁側のガラス戸は開いているが返答はない。

もう一度声をかけると畳の上を走る音がして襖が開いた。

顔を出したのはヨシノだ。


『やっぱり。よかった・・・ごめん、婆さんいなくて。』

くしゃくしゃの髪に服が少し乱れている。

『寝てた?ごめんね。』

『いや、それはいいんだけど。婆さんギックリやっちゃって病院行ってる。今日は大事とって入院するみたい。』

『え?大丈夫なの?』

『うん、大丈夫。俺がやるって言ったのに聞かなくて・・・自分で棚を動かして・・・。』

『そっか。』

ハガネは鞄からタッパーを取り出すとヨシノに差し出した。

『あ、これ。返却する。遅くなってごめんね。』

『ああ・・・そっか。』

タッパーを受け取ってヨシノは唇を噛む。

『どうかした?』

『あ・・・ううん、そうだよなって思って。』

『うん?』

ヨシノは顔を上げるとハガネの手を掴んだ。

『・・・時間あるなら少し話さない?もしよければだけど・・・。』

彼の手が震えている気がしてハガネは頷いた。

『いいよ。一人じゃ不安だよね?』

『うん?・・・ああ、うん。』


二人してまたキッチンへ行き、この間のようにお湯を沸かす。

手際よくコーヒーを入れて席に着くとヨシノが大きな溜息をついた。

『あのさ・・・ごめん。なんか誤解してるんなら先に謝っておく。』

『何が?』

『婆さんが心配なのはそうなんだけど・・・俺、ハガネに会いたかったんだ。だから、こうやってお茶に誘ったんだけど・・・。』

『ああ、そうなの?・・・うん、僕も会いたいなって思ってたから。』

ハガネはコーヒーを口にすると視線を上げた。

ヨシノはなんとも言えない嬉しそうな顔をして唇を結んだ。

『・・・うん。そっか・・・よかった。』

その顔がなんだか嬉しくてハガネも微笑む。

『うん、僕も・・・良かった。』

それから二人会えなかった時間分の世間話をしてコーヒーをお代わりする。

時間が経つのが早い。

ハガネとヨシノは年がそんなに離れていないけど、お互いの生活や育った環境が違うせいで耳にする話は新鮮だった。


ハガネはマグカップを持って立ち上がると流しでそれを綺麗に洗う。

ヨシノは黙って傍に来ると後ろからハガネの抱くようにして肩に顎を置いた。

ハガネは少し驚きながらも手を拭いて顔を上げる。

『どうしたの?』

『ごめん・・・なんかさ。』

ヨシノの声が震えている。ハガネは片手でヨシノの頭をわしわしと撫でた。

『大丈夫。どうしたの?』

『うん・・・俺さ。好きになったみたいだ。』

『何が?』

ヨシノは両手でハガネの体を抱きしめた。

『ずっとさ・・・俺は女の子と付き合ってた。女の子って柔らかいし気持ちいい。でも心がときめくってのは一度もなかった。』

『うん。・・・ああ、誰か好きな人ができたとか?』

『そうじゃなくて・・・。』

ヨシノはハガネの体をくるりと自分と向き合わせるとその目を覗き込む。

『気持ち悪いかな・・・。気持ち悪いよね。男だし、俺。』

額が触れそうな距離でヨシノが呟く。

『あんたが好きだよ、俺。』

ハガネは固まったまま、でもヨシノのまっすぐな瞳に気分は悪くなかった。

ただどう受け止めていいのかわからず言葉を捜す。

『答えが欲しいとかじゃないんだ。ただ・・・伝えたくて。俺、こんな風に好きだって、会いたいって思ったのは初めてで・・・だから。知っていてほしくて。』

ヨシノの顔が赤く染まる。目をぎゅっと瞑っていた。ハガネは微笑むと頷いた。

『うん、わかった。』


あれから一週間、ハガネはヨシノには会っていない。

仕事が忙しくて会えなかったが正しいが、自宅に缶詰状態でリビングでの会議に付き合わされていた。姉のメアリの隣に座り書類を確認し、その都度渡す。

普段はロボットにやらせているこれを何故か急にハガネを指名してきた。

独占欲が強いメアリの悪い癖が出ていた。

小さい頃はよく見たが大人になってからは久しぶりだろう。

会議が終わりソファに座り込むメアリは、ハガネが自室に戻ろうとすると毎回部屋へと運べと催促する。

『ねえ、お願い。』と甘ったるい声色でハガネに手を伸ばすが、自分とさほど変わらない体重の女性を運べるほど筋力があるわけじゃない。

『ロボットを呼びましたよ、ほら乗ってください。』

メアリの手を引いてロボットの上に乗せると不愉快そうに目を吊り上げた。

『アイリスに運んで欲しいのよ。ダーリンはいないし、運んでくれてもいいじゃない。』


メアリの夫は今海外出張中だ。

宇宙開発のプログラムに参加しているらしく一年ほどはとんと顔も見ていない。

彼女は逐一会っているらしいが。

『無理ですよ、運べる力はありません。それから・・・僕はリクノではもう仕事はしません。他に声をかけてもらっていますから。』

ハガネが通っていた大学の教授から研究に参加しないかと誘いを受けていた。

連絡を受けたのがメアリのため彼女は眉をひそめる。

『いやだ。あんな仕事をするの?大学なんて今や生徒はいないじゃないの。皆家から出ることなんてないし。』

メアリの言うとおり学生たちは家でモニターを通して勉強をする。学校へ足を運ぶものなど殆どいない。

『研究は家ではできないこともあるんですよ。』

メアリは自分が認めないものは全てくだらない仕事だと思い込んでいる。

いつからか愚かな思想に染まってしまったようだ。


ハガネはメアリの声を無視して自室へ戻ろうとすると彼女が笑った。

『ねえ、アイリス。覚えてる?小さい頃のこと。あなたはあんなに可愛かった。』

彼女の声を振り払って階段を上がると部屋に入った。

ぐっと口元を抑えると胸元まで上がってきたものを必死に飲み込んだ。

階下ではメアリが歌っている。小さい頃によく聞いた歌声だ。

ドアを閉めれば聴こえないはずなのに、耳には幻聴が響いている。

ハガネはドアにもたれたまま、そのままずるずると座り込む。


小さな頃、まだ母が存命だった頃。ハガネはよくメアリと遊んでいた。

10個上の姉は大人びていて、教えてもらうことは素直に飲み込んだ。

ある日、メアリはお人形遊びからハガネを人形として遊ぶことにした。

着替えをさせられ化粧をされる。

じっとしている、話さない人形として振舞うことを強要されてハガネは黙っていた。

それからは断片的にしか覚えていない。

痛い、怖い、悲しい、そんな感情が傷みと一緒に繰り返されて泣きながら、仕事から帰った母の胸に飛び込んだ。

その後も同じで、それが虐待だと気付いた頃にはハガネは動けなくなっていた。

今でこそメアリの言葉を拒否できるようになったが、学生の頃は名前を呼ばれるたびに体が凍って動けなくなっていた。

メアリとの事もあって他人との交際もうまく行かず、母が死んでしまってからは逃げる場所すらなくなっていた。

うっと咳き込んでハガネは自室のトイレに駆け込むと、喉元まで来ていたものを吐き出した。

今は何もなくなったものの、こうして心理的な影響が体を蝕んでいる。

洗面所で顔を洗ってフラフラとベットに倒れこむ。

ふとヨシノの顔が浮かんで、ハガネは枕を抱きしめるとそのまま気を失った。

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