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レオナード

──時は少しさかのぼる。

王宮の医療院の一室は静寂に包まれていた。

壁際に設置された燭台の灯りが揺らめき、寝台の上にはエリアスが横たわっている。

毒はすでに浄化され、容態は安定している。だが、まだ目を覚ます気配はない。

その傍らに座るレオナードは、エリアスの顔をじっと見つめていた。

彼の指先がそっとエリアスの手を包む。


(……絶対に……)


失うわけにはいかない。


かすかな寝息を立てるエリアスの姿を見つめながら、レオナードは決意を固める。

この手をもう誰にも奪わせない。

どれほど強固な鎖で繋ぎ止めようとも、構わない。


そして彼は、静かに立ち上がった。


「セオドール」


低く、だがはっきりとした声が医療院の室内に響く。

呼ばれた神官長補佐セオドールは、眉をひそめながら顔を上げた。


「……なんでしょう、殿下」

「お前以外を下がらせろ」


その命令に、セオドールは訝し気な表情を浮かべたが、逆らう理由もない。

周囲にいる医官や神官を下がらせる。

そうしてレオナードと二人きりになったとき、


「婚姻の儀を執り行う」


そう言葉が発された。

その言葉に、セオドールの表情が固まる。

彼は一瞬、意味がわからないという顔をした後、困惑と戸惑いを露わにする。


「……何を仰っています? まさか、この場で?」

「そうだ」


レオナードの声には迷いがない。

まるで、それが当然のことであるかのように言い放つ。


「エリアスが目を覚ます前に、正式に私の伴侶とする」

「……待ってください。今のエリアスに、ですか?しかしながら殿下」


セオドールは冷静に言葉を選びながら、しかし慎重に反論した。


「本人の意思を確認せずに、婚姻の儀を行うのは……」

「意思の確認は必要ない」


レオナードの声が鋭く響く。


「エリアスは私のものだ。それが形として明確になるだけの話」

「……しかし……!」


セオドールは食い下がる。

だが、その目の前でレオナードは懐からひとつの指輪を取り出した。

それは王家の婚姻の証、正式な誓約の指輪。


「セオドール」


その名を、今度は低く静かに呼ぶ。


「……お前は、神に仕える身だな」

「当然です」


「国教会は別の機関と言えど、王家の下にある。ならば、私の命令に従え」


レオナードの金の瞳が、鋭くセオドールを貫く。

神官長補佐である以上、王族の命令には逆らえない。

ましてや、目の前の男は王弟、国の軍を率いる者。


「……」


セオドールはしばし沈黙した後、深く息を吐いた。


「……わかりましたよ……」


低くそう言うと、彼はゆっくりと手を組み、神への祈りを捧げる姿勢を取る。

レオナードはそんな彼を一瞥し、寝台の上のエリアスへと再び視線を戻した。


(――お前はもう、私のものだ)


そう心の中で告げると、彼はエリアスの左手を取り、その薬指に指輪をはめた。

冷たい指輪が、肌の上で静かに光を宿す。


これで――


正式に、エリアス・フィンレイはレオナード・グレイシアの伴侶となった。


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