「何が起こるんだ……?」
エリアスが視線を向けつつ問いかけると、カーティスは真顔で答えた。
「夜会で、ハルトの飲み物に毒が混入される。御子を害そうとする者の犯行だ」
「……それはまた、えらく大事件だな……」
エリアスは苦笑する。ああ、でも、と付け加えて続ける。
「話は簡単だな。小説の中の話なら、お前は犯人を知ってるんじゃないか?」
「うん、知ってるよ」
あっさりと応えるカーティスに少々気が抜けて、椅子へと背を預ける。
「じゃあ誰なんだ?」
カーティスの声が静かに落ちる。
「……その犯人は……」
一瞬の間を置いてから、カーティスは、まるで当たり前のように言った。
「僕だ」
「はぁ???」
エリアスは思わず椅子からずり落ちそうになる。
「だから、小説の中での 犯人は僕なんだよ」
「はぁ……???」
頭の処理が追いつかない。
意味が分からない。
目の前の友人が、当然のような顔で「僕が犯人だ」と言ったのだから。
(待て待て待て、何の冗談だ???)
カーティスは、そんなエリアスの混乱など知ったことかと言わんばかりに、ベッドへと移動して腰を下ろす。
「いや、うん……ハルトになんか思うところがあるなら、俺が聞くけど……」
「違う違う、だからね"小説の中の僕" だってば!」
「……実際のお前じゃなく?」
「そう。僕がハルトを狙う理由なんかないだろ」
「……」
そう言われれば確かにそうなのだが、まだ頭が追いつかない。
「……なんで小説の中のカーティスはそんなことしてんだ?」
「そりゃ、"小説の中の僕" はハルトが邪魔だったからね。僕の役どころは王弟の婚約者。そして小説の中のレオナード殿下はハルトに夢中だ」
「……」
エリアスは 何とも言えない表情でため息をついた。
(もうとっくに俺とは終わってカーティスが婚約者の状態か……)
「一度話を整理したい。まずその小説ではどういう状況なのか……被るところもあるだろうが、話してくれ」
「わかった」
カーティスは軽く頷き、語り出した。
「まず御子が……ハルト来た時点で既に僕はレオナード殿下の婚約者として内定している。御子と婚約内定が決定打でお前と殿下は別れるっぽい」
「ぽい、とは……随分いい加減なんだな」
「まあ、主役は御子だからね。殿下の話は深堀されてないんだよ」
「なるほどね……。続けてくれ」
「僕は小説の中だと殿下に憧れを持っていたようで、婚約者として決まった時には既にハルトを敵視しているような感じだ」
「それで毒殺を目論む……と?」
「そう」
「えらく行動的というか……」
エリアスが溜息を吐くと、カーティスは肩をすくめた。
「ただ、今回の僕はどうにか今のところ婚約の話は進んでいない。まあ、あれは……殿下が……」
「殿下がどうした?」
「いや、いいんだけどね。とにかく、犯人は僕ではないというのが重要なんだよ」
「……毒殺事件は起こると睨んでいるのか?」
「まぁね。例え起こらなくても、注意することは悪くはないだろう?」
「それはそうだな……しかし、誰がするんだ……?」
エリアスがレオナードの周囲を考えてもそれは浮かばない。
ハルトにしても同様だ。
ならば誰だ?そう首を傾げたところでカーティスが じっとエリアスを見つめ、何かを確かめるように目を細めた。
「今の状態ならお前じゃないか?」
「……は?」
「だって、普通に考えればそうだろう?今、お前は殿下の恋人で、殿下が他の誰かを選んだということが起これば、まず一番に嫉妬するのはお前だろう?」
「…………」
エリアスの表情が、完全にフリーズする。
(いやいやいや、待て待て待て???)
確かに、現状を鑑みればそれで筋は通る気もする。
けれど、エリアスにそんな気は一つもない。
そもそも、それをする気があれば……別れなど考えない。
カーティスは、少し声を潜めて続けた。
「これは僕の考えでしかないし、そういう何かがあるわけじゃないんだけど……お前を追い落とすための策略を誰かが練っているかもしれない」
「……俺を……?」
「ああ。仮にうちはいったん横に置くとしてだ。殿下に子息子女を嫁がせたい貴族家というのは存在する。そういう家にとってお前は」
「目の上の瘤と言うわけか……」
エリアスがぼそりと落すと、カーティスは静かに頷いた。
「お前の家は由緒正しい家だ。家格は少し下でもね。しかもお前は優秀。お前の父上や兄上も外交官としての腕は確かと来ている。邪魔だろうね、はっきりと言えば」
「……」
「仮にだ。お前が毒を仕込んでいなくともその犯人をお前にすることが出来れば……」
エリアスは黙り込んだ。
(捨てられる未来どころか……そもそも俺が"邪魔者扱い"されてる可能性があるのか……?)
考えたことのない視点に、エリアスは 背筋に冷たいものが走るのを感じた。