エリアスが王宮に戻ってから、数日が経った。
執務室に座る彼の周囲には、以前と変わらぬ日常が広がっている──はずだった。
(……いや、変わっているな)
エリアスは手元の書類からそっと視線を上げる。
室内の一角で、レオナードが何気なく書類に目を通している。
だが、その合間に明らかに 「こちらを見ている」 のがわかった。
(そんなに俺を見てどうするつもりなんですか……)
レオナードの「エリアス観察」は、明らかに最近ひどくなっていた。
仕事の合間に目をやるだけならまだしも、昼食時も、会議の合間も、廊下ですれ違う時でさえも。
常に視界にエリアスを入れている。
それがあまりにも顕著なので、さすがに騎士団や文官、王宮の者たちも 「いつも以上に殿下がエリアス様にご執心だ」 とヒソヒソ話しているほどだった。
仕事はソツなくこなしてくれるので今のところ問題にはなっていないものの、若干気が重い。
(いや、前からこうだった気がするけど……なんか違うんだよな)
以前は、どこか余裕があった。
王弟としての威厳と気高さを崩すことなく、それでいてエリアスを側に置くことを当然のようにしていた。
しかし今は──「監視」 に近い。
以前から、どこへ行こうとレオナードの視線を感じることはあった。
しかし今は、隙あらば隣に立ち、時折さりげなく距離を詰めてくる。
例えば昼食時、他の文官たちと食堂で会話をしていたら、気づけばレオナードが真横に座っていた。
「お前は、ここ数日まともに休憩を取っていないな」
「え、いや……そんなことは……」
「ある程度休めと言ったはずだが?」
「いえ、もう回復しましたので……」
「ほう。ならば、今日の夕食は私と共に取るといい」
「えっ。今の話、そんな流れでした⁈」
いつの間にか、 昼食の席 で 夕食の予定 が決まっていた。
エリアスを含めた全員がぽかんとしていたが、レオナードは意に介することなく去っていく。
このように、ことあるごとにレオナードの関心が強まっているのを感じる。
(……俺がハルトに近づかないようにか……?わからん……)
そして、さらに問題があった。
──ハルトである。
「エリアス様!」
エリアスが中庭近くを通りかかると、元気いっぱいの声とともに、向こうから駆けてくるハルト。
彼は相変わらず無邪気にエリアスを慕っており、何かと近づいてくる。
「今日も執務、お疲れ様です!」
「ありがとうございます、ハルト様」
「この後、お時間ありますか? 俺、ちょっと相談したいことが──」
その瞬間、エリアスのすぐ隣に人影が現れた。
ふと視線を上げると、レオナードが見下ろしている。
いつの間に、とエリアスが息を飲んでいると、
「ハルト」
静かに、しかし妙に圧を含んだ声でハルトを呼んだ。
ハルトはきょとんとした顔で振り向く。
「え? 殿下?え、いつの間に?」
「御子たるお前が、安易に他者に接触しすぎるのは問題だろう」
「え、えぇ? でも、エリアス様は──」
「余計な関係は憶測を生みかねない」
「……えぇ……」
ハルトの口が、ポカンと開く。
しかし、次第にハルトの表情は段々と曇っていた。
(何だろう、この二人……あ、俺が両者に近づくことを懸念してるのか……?)
「殿下……もしかして、エリアス様を取られると思ってます?だいたい、エリアス様に話しかけると、毎回どこからともなく殿下が現れるんですけど……」
レオナードの沈黙が、すべてを物語っていた。
が、エリアスは自分の考え事をしていてこの下りは全く聞いていなかった。
結果、彼の脳内に浮かんだのは、「これもレオ様とハルトの愛の一種なのか?」 そして「やっぱ捨てられる未来か?」という斜め上に考えはスライドしていく。
エリアスが 「ひとまず様子を見るか……」 と思いながらも、深く考えるのをやめたその夜──
「──なあ、そろそろ次の事件が起こるぞ」
カーティスが エリアスの部屋の扉を開けて、開口一番そう言った。
「はぁ?」
「エリアス、次の事件が来るぞ」
「いやいやいや、ちょっと待て。お前……いきなり入ってきてそれは何だ?」
「だから、小説どおりなら"そろそろ次の事件"が起きるタイミングなんだよ」
「……えぇ……」
エリアスは 溜息を吐きつつ頭を抱えた 。