「も、やぁ……っ」
エリアスは小さく声を上げながら、ベッドの上を這うようにして上に逃げる。
既に数えきれないほどの絶頂を味合わされ、レオナード自身もエリアスの中に熱を二度ほど放っている。
いつもならばエリアスの体力を慮り、ある程度のところで切り上げられる行為だが、今日はまるで違った。
レオナードは自分から遠ざかろうとするエリアスを許さず、その細い腰を掴むと引き戻す。
「ひ、ぁああっ……!」
抜けかけていた剛直がまた勢いよく埋まり、エリアスは背中をしならせた。
何度味わっても受け入れるときの感覚は、神経が焼き切れそうに熱い。
「どうして逃げる……?エリアス」
その背ごと、抱きすくめてエリアスを捉えると、耳元で甘く囁く。
すると、レオナードを包む柔らかい肉がきゅうきゅうと締まった。
おかしなくらいに感じていてエリアスは言葉を紡ぐ余裕もなく、ただ、首を振る。
「エリアス、エリアス……」
何度もレオナードに名を呼ばれる。
それさえも快感を引き起こさせる、一種の愛撫でしかなく、エリアスは身体を戦慄かせた。
(なぜ、今日はこんな……)
エリアスは霞がかかるような頭で考えるが、まるで分からない。
恐らく、自分の落した何かしらの言葉でレオナードの感情に火を点けたのだろうということはわかる。
けれどその感情が怒りなのか、はたまた別の何かなのか……全く見当がつかなかった。
とはいえ自分の名を呼び、この身を抱く相手には、まだ自分への愛情はあるように見える。
そう思うと心がほんの少し解放されるようだったが、男というものが愛情だけに性欲を見出すものじゃないと、男であるエリアスが一番知っている。
こういう時、本当にエリアスは自分がいやになる。ただただレオナードを信じて、抱かれて感じていれば良いものを。
(どうして、こうも……うまくいかないんでしょうね……)
身を焼くようなレオナードの熱に喘ぎながら、エリアスは心の中でだけそんな言葉を落とした。
逃げられないように回されたレオナードの腕の力が強くなる。
その力にエリアスは心までもが囚われそうだった。
……いや、エリアスの心はとっくの昔に囚われている。
だから、苦しくてたまらないのだ。捨てられそうな未来が。
(レオナード様……あなたは……俺をどうするつもりなんですか……)
そう問いかけることさえできず、エリアスはただ、目を閉じるしかなかった。
※
エリアスが目覚めたのは、既に月が空に浮かび上がっている頃だった。
隣にレオナードの気配はなく、室内も静まり返っている。
ゆっくりと起き上がると、身体が重だるく、衣類の類はまとっていなかった。
しかし、肌はさっぱりとしており、べたつくような感触はない。
レオナードが後始末をしてくれたのだろう。
ふと視線を向けると、脱がされた衣類は椅子の背に綺麗にかけられていた。
乱雑に放置されていないのが、なんともレオナードらしい。小さく笑いが漏れる。
「……レオ様……」
囁くように名を呼ぶと、彼の顔が浮かぶ。
思い出せば思い出すほど、心の奥が熱を持つ。
確かに、自分はレオナードが好きなのだと思う。
こんなにも執着して、惹かれて、離れられなくなっているのだから。
(……もし、叶うなら……ずっとこのまま……)
一瞬、そんな甘い考えが頭をよぎる。
しかし、次の瞬間、それをかき消すように強く目を閉じた。
(でも、そんなことは、決して──)
エリアスは、過去を思い返す。
レオナードを初めて目にしたのは、まだアカデミーに在学していた頃だった。
アカデミーの周年式典で案内係として傍についたとき、その存在感に息を呑んだのを覚えている。
あの時から、きっと何かが始まっていたのだ。
憧れは少しずつ形を変え、側で仕えるようになってからは恋情へと移り変わった。
彼の囁く愛に応え、身を捧げることにも抵抗はなかった。
だが──
(こんな恋は、するべきではなかった……)
エリアスの唇が、かすかに歪む。
レオナードを疑っているわけではない。
だが、悲しいくらいに現実が迫ってくる。
──妾。
(そんな立場で、満足できるほど俺は器用じゃない……)
たとえ妾として迎えられたとしても、正妃は別に選ばれる。
そして、あの優しいレオナードのことだ。正妃も、きっと大切にするのだろう。
(それを、許せるはずもない……)
嫉妬に苦しむ自分の姿が、ありありと目に浮かぶ。
そして、それはプライドの高い自分が許せるものじゃない。
だからこそ──この関係は、いずれ終わりを迎える。
どれほど愛を囁かれても、結局「最後まで隣にいる者」にはなれないのだから。
「レオ様……」
窓から見える月を見上げながら、エリアスは名前を呼んだ。
その声は、冷えた室内に小さく落ちる。
そして、静かに響く鼓動の音だけが、彼の耳に残った。