いつものように、エリアスは王宮内を歩いていた。
別部署からの書類を預かりレオナードの執務室に戻る途中だ。
夕刻の風が吹き抜ける中庭を横切ろうとした時、不意に名前を呼ばれる。
「エリアス様ーっ!」
振り返ると、駆け寄ってきたのはハルトだった。
「……御子殿」
「いやいや!普通にハルトでいいですよ!」
人懐っこい笑顔を浮かべるハルトは、相変わらず屈託がない。
御子として正式に王宮に迎えられて数日が経ったが、相変わらずその態度に気負いは感じられなかった。
「おひとりで散策ですか?」
「はい!王宮内で迷わないように探検中です!エリアス様はお仕事の帰りですか?」
「もう少しですかね。少し片付けがありまして」
「そっかー」
ハルトは隣を並んで歩き始めた。
その距離が妙に近いことにエリアスはわずかに目を細めたが、気付かないふりをして足を進める。
「エリアス様って、本当に綺麗ですね」
「……はい?」
「レオナード殿下が惚れ込むのもわかる気がします」
突然の屈託ない言葉にエリアスは歩を止めかけたが、ハルトは気にする様子もなくにこにこと笑っている。
「いや、その……?」
「村でもね、エリアス様の噂は聞いてましたよ。あ、これこの前も俺言ったかな……?」
「……ええ、まあ」
そういえば、とエリアスも思い出してわずかに肩をすくめる。
「レオナード殿下が恋人として大事にしている方だって。みんな言ってましたし、会って納得しました」
「それは光栄ですが……あまり言いふらさないで頂けると」
「えー、なんでですか?」
「私の立場は、それほど強くはありませんから」
エリアスは淡々と答えたが、ハルトはふっと表情を曇らせた。
「立場とかいろいろとあるんだ……いや、あるんですね」
「当然です。王宮では、それがすべてですから」
「でも……レオナード殿下はそんなこと気にしてなさそうじゃないです?」
「……そう見えるだけです」
エリアスは苦笑を漏らした。
(あれがレオ様の本心であればいいが……ああいやだな。レオ様が絡むむとどうも女々しい)
「……なかなか難しいっすね……」
「ハルト様が無邪気すぎるんですよ」
唸るハルトに向かってそう言いながら、少しだけエリアスの心は和らいでいた。
「ねえ、エリアス様。明日、時間……ええと、お時間ありますか?」
「……明日?」
「はい。俺、剣術の稽古があるんですけど、見ててもらえると嬉しいなって」
「私が?」
「ですです!ここに来てからの一番初めの友達はエリアス様なんで!」
ハルトは明るい笑顔でエリアスを見る。
「だからエリアス様に見ててもらえたら嬉しいなーって思ったんです」
(これは……懐かれたかな……)
エリアスは内心でため息をつきながらも、断りきれず小さく頷いた。
「……わかりました。少しだけならお付き合いしますよ」
「本当ですか!やった!」
無邪気に喜ぶハルトを見て、エリアスは再びため息をつく。
(これが後々、面倒なことにならなければいいが……まあ、大丈夫か)