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2-2

エリアスは頭を抱えるカーティスをなんとか立て直させて、ひとまずその場を後にした。

「辺境の村で御子が見つかった」という騒ぎが徐々に広がっていく王宮の中に広がっていく。

その喧騒を背にしつつも、エリアスの心の中には、先ほどのカーティスの言葉が重くのしかかっていた。


──レオ様は御子に惹かれる。そして、俺は捨てられる。


それは、エリアスがかねてから心の片隅で考えていた未来と、奇妙に一致していた。


「……本当にそんなことが起きるのか?」


カーティスの話を現段階で鵜呑みにする気はない。だが、下手な嘘でからかう人間じゃないことはエリアス自体がよく知っている。それに──自分が捨てられる可能性がゼロとは言い切れない。

王族の立場を考えれば、身分の釣り合わない自分がいつか弾き出されることくらい、エリアス自身が一番理解している。

それとは逆に御子は出自なんか関係なく、特権階級に突如君臨する存在だ。

事実、過去の王族の中には御子を妻として迎えた例だってなくはない。


(いや、でも……)


エリアスはそっと胸元の装飾を握った。

それはレオナードから贈られた、黒曜石を象ったペンダントだ。


「お前だけが持つに相応しい」


そう言って渡された時のことを思い出す。

レオナードがどこまでも真剣な目で自分を見つめていたあの瞬間。

そんな男が、そう簡単に自分を捨てるだろうか──。

しかし──。

考えは堂々巡りだった。


「考えすぎだな……」


自分にそう言い聞かせ、エリアスは執務室へ向かった。



執務室に入ると、レオナードは机に広げた書類に目を落としていた。

窓から差し込む光が、彼の黒髪をやわらかく照らしている。


「おかえり」

「ただいま戻りました」

「随分長い時間、出てたな。カーティスと話していたんだろう?」


エリアスは少し驚きつつ、扉を閉める。

「……見ていたんですか?」

「いや?お前が長いときはだいたいカーティスだからな」

「そんなにさぼったことないですけどね、私は」


レオナードは書類から目を離し、椅子にもたれかかりながらエリアスに視線を送る。

その目には、何かを図るような鋭さが宿っていた。


「で?お前は何を悩んでいるのだ?」

「……悩んでなどいませんけど」


レオナードは椅子を立ち、ゆっくりとエリアスの前へ歩み寄る。

いつもと変わらない、余裕を纏った歩みだったが、近づくにつれ空気が重くなるような錯覚を覚えて、エリアスは少しひるんで半歩引いてしまった。


「嘘をつくのが下手だな」


顎を軽く掴まれ、上を向かされる。

レオナードの金色の瞳が、真っ直ぐにエリアスの青い瞳を射抜いた。


「……っ」

「お前は、悩みがある時に視線を逸らす癖がある」

「そんなこと……ありません」


否定したものの、エリアスは無意識にレオナードの目を見れず、僅かに目線を外してしまう。


「ほらな」


レオナードは笑みを浮かべつつ、エリアスをぐっと引き寄せた。

片腕が背中に回され、距離が一気に縮まる。


「悩みがあるなら、私が解決してやる」

「いや、これは……そ、の……個人的なことで……」

「お前のことなら、どんな悩みでも解決するのが私の仕事だ」


唇が耳元をかすめる。

レオナードの声が低く響き、心臓が跳ね上がるのを感じた。


「レオ様……近いです……!」

「お前が可愛いからだ」

「ば、かじゃないですか……っ」


そう言いながらも、エリアスは突き放せずにいた。

レオナードの腕の中は、心地よすぎる。

ついそれに甘えてしまいそうになる自分が、怖かった。


──捨てられる未来が来た時、自分はどれほど傷つくのか。


そんな考えがよぎるたび、エリアスはレオナードの優しさに素直になれなくなる。


「お前を手放す気はない……エリアス」


レオナードは穏やかに言い切ると、エリアスの銀髪をゆっくりと指で梳いた。

指先がたまに耳元を掠めて、エリアスが息を飲む。


「……っ」

「信じていい。私は嘘をついたことがあるか?」

「……ないですね」

「なら、これからもない」


レオナードは再びエリアスを抱き寄せた。


「安心しろ。私はずっとお前しか見ない」

「……そうなのですか……?」

「当然だ。お前が私の唯一だからな」


そのまま、レオナードはエリアスの唇を塞ぐ。

舌先で唇を開けさせて、柔らかなエリアスの咥内へと侵入させた。

エリアスは目を瞑りながら思う。


(レオ様……本当に変わらない未来なんてあるんですかね……)

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