そんな日々の中、事件は突如としてやってきた。
「エリアス」
ある日の昼下がり、カーティス・ヴェルナーが書類を抱えたまま王宮の廊下を歩くエリアスに声をかけた。
彼は王宮で働く内査官であり、レオナード直属の部下でもある。
侯爵家と言う高い身分の子息ながらも自分より下位の者を見下すことなく正当に評価をして付き合う、人徳者でエリアスとは王立のアカデミー時代からの付き合いがあり、親しい友人だ。
「カーティス?どうした?」
「相談があって……その、重要な話だ」
「査官としての仕事か?」
「いや、お前個人に関わる話」
エリアスは足を止め、軽く眉をひそめた。
「……なんだ?」
「ひとまず、場所を変えたい。少しいいか?」
「ああ、まあ……今は急ぎじゃないのでいいけど」
カーティスはエリアスを促すようにしながら、中庭に出た。
今の時期は花々が咲き乱れて実に美しい庭園だ。
周囲を伺いつつ、人気がないことを確かめてから噴水の近くに陣取る。
そして、口を開いた。
「僕、転生者なんだよ」
「…………は?え、なに?テンセイ?え?」
「いや、だから前世の記憶があるってやつで……」
唐突な発言にエリアスは首を傾げる。
テンセイ、テンセイ、と縛らく頭の中で繰り返し、続いたカーティスの言葉と足し合わせた結果『転生』だと気付く。
転生……肉体が死んだ後に魂が別の肉体に宿り、新しい人生を始めるという考え方です。哲学的、宗教的な概念で、新生や生まれ変わりとも呼ばれます。
というような辞書の一文がエリアスの頭の中に浮かび上がった。
突然の爆弾発言に、エリアスは言葉を失った。
国教会の教えの中にもそんな一説がないわけではない。けれど、到底それは信じられるものでもない。
そしてまじまじとカーティスを見据えたのちに、ぽん、とその肩を叩かく。
「カーティス、お前疲れてるんだよ……」
慈愛の眼差しでカーティスを見遣った。
内査官というのは、王宮内で起きる問題や不正を調査する役職だ。
王宮内の動きを監視し、報告する役目があり、貴族の中でも「中立的な立場」が求められる。
決して閑職ではなく、どちらかと言えば忙しい部類だ。
なので、その忙しさに頭をやられているのだろう、とエリアスは思ったのである。
「いやいや、本当なんだって……!」
親友の言いざまに、慌てながらカーティスは頭を振った。
その表情は真剣そのもので、エリアスを揶揄っているようには見えない。
そしてさらに、カーティスは続ける。
「しかも、僕は断罪されるどころか、最悪打ち首だ……!」
エリアスはまじまじとカーティスを見つめた後、軽く肩をすくめる。
「内査官は敵が多いものな……まあ……そうならないように頑張れ」
「お前、他人事みたいに言うなよ!僕だけじゃなくて、お前もレオナード様に捨てられるんだぞ!?」
「えぇ……?」
エリアスはカーティスをじっと見つめたが、彼は冗談を言っている様子はなかった。
次第にカーティスの顔色が青くなってくる。
「近く見つかる御子をレオナード様が愛するようになるんだよ……!だから、お前は捨てられてしまう」
そこでカーティスはゆっくりと視線を下げた。
溺愛されている今が、砂上の楼閣である可能性があることは、彼自身が一番理解している。
「……話をちゃんと聞くよ」
「恩に着る。お前が捨てられず、僕が断罪されない未来を切り開きたい……!」
視線を上げたカーティスの目には、縋るような色が浮かんでいた。
そんな二人へと遠くから、
「おい!辺境の村で御子が見つかったらしいぞ!」
王宮の誰かが騒いでいる声が届いた。
カーティスは、はじまった……、と頭を抱えて、エリアスは暫く呆然とその姿を見ていた。